具のないスシ

行きつけの東欧系の食材店で、新しい店員さんと思われる若い女性にレジで当たった。色白の肌にメイクをしっかりしている。
「東欧の食べ物が好きなんですか?」
この店にしょっちゅう買い物に来ているけれど、こんな風に聞かれたのは初めてだ。
店員さんたちとは、売られている食材について会話をしたことはある。この店がロシア系の経営で、働いている人たちは、ロシア、ラトビア、ウクライナの人が中心であることも、精肉コーナーのおじさんから聞いてもいた。
私には、初めて見るこの女性が珍しいけれど、この女性にとっては、東欧の食材店に来ている極東アジア人の私が、珍しく見えるのだろう。
「特に東欧の食材が好きとかいうわけじゃないのよ。この店の野菜とフルーツ、それから肉が好きなの。安いし、いい物がそろっているわ。」
「失礼ですが、どちらのご出身ですか?」
「日本よ。」
若い女性は、驚いたような、うれしいような表情になった。それからすべての動作を止め、何かを一生懸命思い出そうとしていた。
「ハジメマシテ。ワタシハ、ラトビアカラ、キマシタ。」
何と彼女は、きれいな日本語で、自己紹介をしてくれたのだ。
「私のフィアンセは日本語の教師なんです。私は大阪に行くのが夢です。」
私のフィアンセと彼女が言った時、色白な彼女の頬が、急につややかなピンクになったように感じた。
「へえ、そうなのね。彼は大阪の人なの?」
「いいえ、彼はアイルランド人です。」
一瞬、私は意表を突かれたと同時に、小さな違和感を感じ、そう感じた自分のおかしさにも、すぐ気づいた。
日本で日本人が、そのレベルのいかんにかかわらず、外国語を教えている。それならば、アイルランドでアイルランド人が日本語を教えるのだって、何の不思議もないはずだ。そしてアイルランドに住むラトビア人が、日本語を勉強するのも、全く不思議な事ではない。
それほど遠くない将来に、彼女がフィアンセと、仲良く大阪の街を歩いているような気がした。
「あなたに幸運がありますように。」
彼女はもう少しおしゃべりしたそうだったけれど、私の後ろには何人もレジを待つお客さんがいたので、私は軽くあいさつし、レジを後にした。

この東欧系食材店で、安くてよく熟したフルーツを買うのが好きなように、私はアラブ系の食材店で、ゴマのペーストやら豆類を買い、中国系の店で、豆腐やしょうゆを買う。ポーランド系の店で、親切な店員さんにさんざん試食させてもらってソーセージを買い、スパイスはインドやパキスタンのブランドを置いている店で選ぶ。
ただ、使いたい食材の置いてある店に私は行くのだ。表示も読めず、それが何なのかよくわからないものも多い。ちょっとした冒険でもある。私がそんな店に入れば、きっとそれなりの違和感が漂うこととは思う。けれど、しょっちゅう行けば、私も常連客の一人になるのだ。

違和感というものを感じたり感じさせたりというのは、長く外国暮らしをする中ではいくらもある。そんな違和感の中には、ちょっとしたおごりとか、不必要な国境を心に引いている事がベースになっている事も多いと思う。
私は、そんな違和感が心をかすめた時には、それを超えるように努めている。私の住む環境の中では、そんな違和感に固執したら、楽しく暮らすことはできない。

とあるイベントに招待された時の事。会場の寿司コーナーで、一昔前の芸者をモデルとしたと思われる、カツラとコスチュームをつけた大柄なアイリッシュの男性に、巻きずしを勧められた。異国情緒を通りこし、笑いを誘う冗談のような姿かたちに、「あなた、きれいよー。」と言って、喜んでその巻きずしを皿にのせてもらった。
ところが、海苔の中には白い米がびっしりと埋まっていたけれど、具が何も見当たらない。ここの人たちが抵抗なく食べられる具が思いつかなかったんだろうかと思いつつ、さらによく目を凝らしてみる。何かが小さく入っている。なんだろう?食べてみる以外、私にはそれが何なのかわからないほどの小ささだ。
しょうゆを垂らして口に入れてみた。
巻きずしの中、米に押しつぶされるように入っていたのは、小さく小さく切られた、しょうがの酢漬け「ガリ」だった。他には、なんの具も入ってはいなかった。
一緒にいた日本人の友人と、笑いを必死に抑え、「おいしいわ。ありがとう。」と、芸者のコスチュームに身を包む彼に、お礼を言った。
ガリの巻きずしは間違いなく、「これは正しくない」「これはおかしい」という違和感を日本人に与えるだろう。確かに、他に具が入っていないので、味は非常に物足りない。でもあえて言えば、私が見たことのないアイデアで、笑いも取った。楽しいイベントに色を添えるには、なんら問題はないのだ。

後日、イベントの関係者から、この巻きずしについての感想を聞かれた。コスチュームを着て寿司を配る姿が笑え、楽しいイベントだったとまずはお礼を伝え、それから、寿司にはやっぱり、なんでもいいから何か具が入った方がおいしいだろうと、感想を述べた。イベントでのフィンガーフードとしては、普段、つけあわせとされるガリみたいなものが、食べ物の中に含まれることで、手が汚れずにすみ、そういう点は、いいアイデアだと思った事も付け加えておいた。

この寿司ごときに違和感を感じて、正しい寿司を主張するという事では、私の生活は成り立たない。
「酢は子供が嫌がるから入れていない。」
「糖尿病に悪いから、砂糖は入れていない。」
「え?スシの米には何か入れるの?入れたことなんてないわ。」
なんていう言葉が、私の周りでは普通だ。本やテレビで見たスシの姿であれば、日本の外では、それは『スシ』になるのだろう。

「これ、作ったの。どうぞ。」と、自家製のスシのおすそわけをしてくれる人には、「おいしそう。ありがとう。」といって、いただくのだ。
「マサコ、あなたの目にはダメなスシでしょ。恥ずかしいわ。」と言う人もいた。
「そんなこと、気にする事、全然ないわ。自分で作るのなら、好きな材料を使って、好きなように作ればいいわよ。それでいいのよ。」と私は言う。
もちろん、日本で食べる物とは全く違う。日本で食べるのが『寿司』ならば、アイルランドでこうやっていただくものは、あくまで、『sushi』なのだ。
日本で堪能する、プロが作った寿司の味はもちろん大好きだけれど、私はこのアイルランドで、「マサコのため」「おすそわけに」と、周りの人がお皿にちょこんと持って来てくれるsushiにも、日本では私が体験しなかったおいしさがあるのを知っている。

具のない巻きずしは、ちょっと違和感はあるけれど、それでも私は、「これ、私にくれるの?うれしいわ。ありがとう。」という生活が好きだ。
違和感を感じ、感じさせ、私はこの土地に生活している。
20年を超えるこの月日に、私を受け入れたすべての人に、私は心から感謝したい。

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