雪の日

どこもかしこも真っ白な雪に覆われている。アイルランド全域で、大学も含め、学校はすべて閉鎖だ。道路にもたっぷりの雪があるから、仕事に行けない人も多い。急にできた数日のお休みに、我が家の子供たちは吹雪なんて何のその、元気に外に飛び出した。

雪は例年、積もったりはしない。だから気の利いた防水の手袋だの、雪用のブーツだのの用意はない。娘はビニール袋を足に巻いて、その上から靴を履き、大勢の友達と雪遊びに出かけた。息子は庭に雪の塊をどんどん積み上げ、イグルーを作り始めた。
我が子たちは「寒いよー。」なんて言って、家に閉じこもることはない。それぞれ17才と18才。吹雪であっても、チャンスとばかりに雪を楽しむ。こんな子供たちであることが、私はうれしい。

無謀にも、たっぷり積もった雪の中、車で外出しようとする人はいるものだ。近所の人の車のタイヤは、道路に出る一歩手前で、しっかり立ち往生だ。我が家も総出で助けようとしたけれど、車は動かない。ブオーっとアクセルをいくら吹かせても、小さなタイヤがキュルキュルと、むなしく雪の中に回転するばかりだ。
「車は無理でしょう。歩いた方がいいわよ。」
私は何度も説得する。目の前のたっぷり積もった雪の量を見れば、除雪車なしでこれは無理と断言できる。
雪ごときで普通の生活ができなくなるのは、確かに困ったことだけれど、こういう時に助けあうのは、気持ちがいい。いざという時にも助け合えば大丈夫という、安心感も生まれる。

雪で身動きが取れないからと、何日も家の中にだけ閉じこもっているのは、確かに気分が悪いものだ。吹雪がおさまると、私は歩いて食料品の買い出しに行くことにした。もしかしたら、雪は予報されているより、さらに長引くかもしれないのだ。

すべてが真っ白な中、かなりの数の人たちが、通りを歩いている。ちょっと、お祭りの日を連想させる。みんな、車が使えず、食料品を買うために、雪の中を歩いているのだ。
ショベルで雪かきをしている人たちの姿も新鮮だ。
「腰に気を付けてね。」
「無理しないようにね。」
私は通り過ぎながら、時々、声をかける。私は趣味の家庭菜園から、あの、ショベルを使う作業が、夢中になって数時間たった後に、どんなひどい腰痛をもたらすか、経験している。
雪かきをしている人たちは、声をかけられた一瞬、手を休めて背筋をまっすぐに伸ばし、うれしそうに笑う。雪かきは重労働ではあるけれど、かなり満足感を与えてくれる作業でもあるのだ。

スーパーマーケットにたどり着くと、「わー!」と思わず声を出して、私は立ち尽くした。空っぽの棚にびっくりだ。野菜、果物、ミルク、肉、パン。どれも、棚がスカスカだ。卵に至っては、一つも残っていなかった。
空っぽになった商品棚の並びを、写真に撮っている人が何人もいる。店の中も、やっぱりちょっと、お祭りのような雰囲気だ。空っぽの棚の前で、人と目が合うと、なんとなく可笑しさがこみ上げ、お互いに笑った。
いらだちや恐怖といった緊迫感は、どこにもなかった。今までにない大雪のために道路が使えず、食料品の供給が途絶えているだけだ。数日内に、雪がきれいさっぱり解けることは、みんな知っているのだ。
そうとは言っても、もしかして、天気予報からずれて、雪が続くという事もあるかもしれない。気が付くと、私の買い物かごは、どんどん重くなっていった。

荷物がある帰り道は、きつかった。ついつい買ってしまった物で、私のバッグはパンパンだ。両肩に重さがズシリとかかる。
買った物と子供をそりにのせて、引っ張って歩いている楽しそうな家族連れを、何組も見かける。何人かで歩いている人たちは、荷物を分担して持ち、仲良さそうに歩いている。みんなが突然の休日を楽しく一緒に過ごし、必需人を買うというタスクも、協力してやっているのが見て取れた。
私は、結構な量を両肩に担ぎ、ヨレヨレしながら、歩きにくい雪道を、一人で家に向かった。

途中で何度も、荷物を肩にかけなおした。いつもなら歩いて30分の道のりが、深い雪のために、その数倍は軽くかかる道のりになった。なかなか家にたどり着けない。さすがに荷物の重さがつらくなったので、家にいる息子に電話をかけた。
「ハロー!今、お母さん、買い物の帰り道なんだけど、重くて重くて。歩いて出てきて、手伝ってくれない?」
「いやだよ!なんでそんな所まで行ったんだよ!」
「えー、結構大勢の人が歩いてて、楽しいよ。」
「バカだよ、お母さん!何でこんな時にそんな所まで行くんだよ!僕は行かないよ。」
「結構、いい散歩になると思ったんだけどな。」
「散歩なんか行きたくないよ!」
彼の声の感じから、私にイライラしているのは明確だ。
「あー、じゃあ、いいやいいや。気にしないで。散歩ついでに出てきたいかなと思っただけだから。じゃあね。」
電話を切ってまた歩き始めながら、息子はもしかして、私の事をやっぱり心配して、出てきてくれるかもしれないと思った。出てくるかこないか、心の中でかけてみようか。でも、出てくるとかけて、彼が来なかったら、残念だ。出てこないとかけるのは、それ自体が残念だ。というわけで、心の中でどちらにもかけず、ただ、雪道を歩き続けることにした。

子供の頃の冬は、いつも雪で遊んだ。庭でかまくらを作ったり、雪の中に倒れこむのは楽しかった。もちろん、ふわふわの降りたての雪を食べてみたりもした。学校では、校庭でする雪合戦が楽しかった。
山から吹き下ろす冷たい風、雪、雨、あられやみぞれに当たりながらの道を歩くのはつらかった。その反対に、並んだ木々に、雪が静かに降り積もる姿は、うっとりする程きれいだった。
しもやけには毎年泣かされた。島を出て初めの冬に、しもやけができない冬があるという事に驚いた。
冬でも晴れの日が多い土地に住んだ時には、過ごしやすい事はありがたいのだけれど、何だか本当の『冬』という時間がすっぽり抜けてしまったようで、変な気がした。荒れる日本海を渡って、天気の悪い冬の佐渡に、その『冬』をむさぼるように求めて、帰省した。私には、過ごしやすい冬よりも、寒くて雪のたっぷりな冬が、いたく自然で、安心感を与えてくれるのだ。

雪の上を歩きながら、遠い日々を思い出す。何度か、もしかしたら息子がこちらに向かって歩いてきていないかと、遠くに目をやった。もしかしたら、彼の姿を見つけるんじゃないかと思ったら、そう思っただけで、顔がほころびそうだった。でも、たっぷりの時間の後に、一人で重い荷物を持ち切り、私は家の玄関に着いていた。

荷物を降ろすとホッとした。息子は自分の部屋で、いつも通り、くつろいでいた。
「いやー、買い物したのが重くて、肩がこっちゃった。痛いなー。ねえ、お母さんの肩をもんでよ。」
「バカだよ!お母さん!」
「ねえ、お願い!」
「ノー!」
何度もバカだと言われている気もするけれど、特にそれで私の気分がひどく悪くなるわけではない。実際の所、荷物のために肩は痛いけれど、真っ白な雪を眺めて歩いたせいか、とても気分がいい。何人もの人と言葉を交わしたから楽しかったし、いい散歩にもなった。

少し雪が解け始めると、必要に迫られて、車で外出を試みる人たちが次々と出てきた。通りでブオーっと、アクセルを思い切り踏んでいる音がする。窓の外を見ると、車が雪にタイヤを取られている。
「ちょっと行ってくるわ。」
そう言うと息子は、ジャケットも着ずに通りに飛び出した。近所の人も何人か出て、みんなで車を押したり、ショベルで雪をかいたりし始めた。
我が息子は若くて体が丈夫で、力がある事と、車に詳しい事、そして、工具なんかを使う技術的な事にたけているので、結構、いろいろな場で役立つ。大の大人にまじって、何台もの車を、雪から脱出させるのに手を貸している。とても誇らしく思えた。
新しく引っ越してきた人たちだろうか。息子は、見慣れない人たちの車も助けている。思わず私も家から出て、「こんにちは。母です。」なんて言いたくなったけれど、また、「バカだよ!お母さん!」と言われそうだから、やめておいた。
しばらくして、随分長く外に出ているなと思って見ると、息子はそのまま、通りの雪かきをしていた。我が家の前だけでなくて、通り一帯の溝に、雪解けの水が流れやすいように、一生懸命、雪をかいているのだ。立派なもんだと、私は母親として、誇りで胸がいっぱいになる。うれしくて、しばらく、雪かきをする息子を眺めていた。

重い荷物を持って歩く私の事は全然助けてくれないのに、他の人たちが困っていると、息子は積極的に助けるのだ。私の事は、ほおっておいても、大丈夫と思っているのだろうか。母親の私を助けてくれないのは、優しさが欠如しているようで心配であるし、残念でもある。でも実は息子が、私の体力と気力を、かなり信じているという事のようにも思う。私は若いと言われているようなものだ。喜ぶことにしよう。
ふと、一生懸命に雪かきをする息子の姿が、夏の海で例年、夢中になって砂で遊ぶ姿と重なった。そういえば、昨年の夏もその前も、彼は砂浜に大きなショベルを持参して、何時間も夢中で砂を掘っていた。
私は、通りを雪かきする大人の息子を眺めているつもりだったけれど、それは実は、まだ子供の彼が、夢中になって雪で遊んでいる姿なのかもしれない。

いつかこの真っ白な雪の日も、懐かしく思い返す時が来るだろう。その時は、「手伝って。」と言う私に、息子は、「今すぐ行くよ。」って、優しく言ってくれるかもしれない。「いやだよ!バカだよ!お母さん!」って、大きな声で言うかもしれない。
どちらになるともかけをせず、私はただ、その真っ白な雪の中を、楽しく歩き続けたいと思う。


『空の下 信じることは 生きること 2年目の秋冬』より


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