オットー君

二歳になったばかりなのに、なぜか流ちょうに言葉を発するオットー君は、その流暢さに不釣り合いな幼い姿で、我が家の玄関に現れる。しっかりお父さんに抱っこされ、ブルーのサテン地で縁取られたガーゼを握りしめ、お気に入りのブタのぬいぐるみを抱えている。オットー君の顔に押し付けられたぬいぐるみの顔は、なぜか、オットー君の顔によく似ている。
「オットー君、おはよう!」
明るく笑顔で迎える私に、彼は開口一番、「ノー!」と怒った顔で応える。そのくせ、すぐに来ているジャケットを脱ぎ捨て、お父さんへのバイバイもそこそこに、いつも陣取る大きな椅子の上によじ登り、落ち着いた様子を見せるのだ。

ちょっとくつろいだのもつかの間、四歳のお姉ちゃんを幼稚園に送る時間になる。
「さてと、幼稚園に行く時間だね」
「ノー!」
「ジャケットを着ようね」
「ノー!」
「幼稚園に遅れないで行かなくちゃいけないから、オットー君、バギーにのろうね」
「ノー!」
とにかく戦闘態勢で臨んでいるのか、力強い「ノー!」を、私は一日に何度も聞くことになる。

お姉ちゃんが午前中いっぱい、幼稚園に行っている間、遊具のある近くの公園で遊ぶのが、彼のお気に入りだ。私のお気に入りでもある。
オットー君は、動き回るよりも、ブランコに乗ってずっと揺られているのが好きなので、まったく運動にはならない。赤ちゃんでものせられる囲いのあるブランコで、落ちないようにバランスをとる必要もない。
「もっと高く!もっと高く!」
彼は叫びながら、揺れるブランコにのって、うっとりした表情をする。戦闘態勢はここでは完全に消えている。ブランコを押してあげながら彼のひざをくすぐると、これまたうれしそうに笑う。
気持ちよくなると、彼は次々と歌いだす。半分覚えて、半分リピートだらけの歌詞で、それでもしっかりメロディーを口ずさむ。
ブランコに揺られながら、彼の目が時々、ふっと閉じる。まるで気持ちよすぎて、一瞬のお昼寝をしたかのようだ。幸せいっぱいな夢を見ているような表情なのだ。でも彼にとってそれは夢を見た瞬間ではなくて、今、この瞬間が幸せいっぱいでうっとりしている事に他ならない。
大人が夢の中ですら、なかなか持ちえないような、どこまでも広がって、どこまでも自由な、喜びに満ちた感覚を、子供はいとも簡単に現実の中に持ちえるのだろう。子供のそんな能力がすごいなと思いつつ、同時に、そんな思いをさせてあげられることがうれしく、ブランコを押す私の頬は緩むのだ。

二歳児というのは、うっとりするような時間を山のように持てる反面、瞬発的なフラストレーションとか攻撃へのスイッチも簡単に入る。
「ギャー!」
ものすごい叫び声がした瞬間、振り向くと、オットー君がお姉ちゃんの背中に食らいついている。叫び声には、「キャー!」「アー!」「ワー!」「ヒー!」と、いろいろあると思うけれど、これはまさに大音響での「ギャー!」だ。慌てて二人を引き離すも、突然背後から噛みつかれたお姉ちゃんは、大きな目をさらに大きく見開いて、大パニック状態だ。
なだめようとしてというか、オットー君の次なる噛みつきから守るためか、私はこのお姉ちゃんを腕で包み、痛がる背中をなでてあげる。ところがパニックが止まらない彼女は、私の耳元で「ギャー!」と叫び続ける。こちらの耳にも痛みが走る。
恐る恐る洋服をめくると、オットー君の歯形がきれいにバシッとついていた。血は出ていないけれど、皮がむけている。これは痛い。
「オットー君、お姉ちゃんを噛んだらダメよ。誰のことも噛んだらダメ。痛いでしょ」
次の瞬間、噛みつく体勢で口を開いたオットー君の顔が私に近づく。至近距離で一瞬の動きだ。小さい動きと言えど、動物的な感覚でそれを察知しなくてはいけない。
私はものすごい瞬間わざで、オットー君の口をよけた。ボクシングのパンチを素早く、うまくかわすような動きだ。彼の小さな歯は、空中をむなしく噛んでいた。
けんかの仲裁や言い聞かせは二の次だ。何よりこの噛みつきを回避した自分の瞬発力へのうれしさと、痛さをまぬがれた安堵感で、私の笑いがこぼれる。二歳児の若さに、私も時には勝つことがあるのだ。

かんしゃくをおこすと瞬時に噛みつく動物的ワイルドさでいっぱいなオットー君は、なぜか、おやつを前にすると、非常に文化的な態度でのぞむ。
「スナックタイム!」
私がおやつの時間を告げると、手にしているおもちゃをすぐ置いて、ささっとテーブルに着く。非常に従順だ。
彼のお母さんが用意してくれた、オーツとフルーツを固めた幼児用のおやつを、ムシャムシャとおいしそうに食べる。一粒づつレーズンをつまんでは、それを指ごと口にぎゅっと押し込む。二歳児が無心に食べる姿はとてもかわいく、見ていて飽きない。
私もお茶を入れて、一緒に「スナックタイム」だ。前日に焼いておいたビスケットなどがあれば、遠慮がちにお茶のカップで目隠ししながら食べる。
うっかり、無心におやつを食べるオットー君が私の手にするビスケットを見ると、表情が急に真剣なものになる。
「マサコ」
オットー君がゆっくりとはっきりと、まるで何年も前から私をよく知る人のように、完璧な発音で私の名前を丁寧に呼ぶ。
「それ、ちょっと、一口だけ、もらえないかな?」
彼の明るいブルーの目が大きく見開き、ビスケットを見つめている。
「オットー君、これは私のスナックだよ。オットー君には、オットー君のお母さんが用意してくれたのがあるでしょ」
「えーと、でも、マサコ、一口だけ。味をみるだけだよ」
決して手を伸ばしてつかみ取ったり、「欲しいよー!欲しいよー!」と、駄々をこねたりしない。二歳児なのに、分別ある年配の人の口調で、遠慮がちにネゴシエーションをするのだ。
「これね、私が昨日焼いたのよ。おいしいのよね。じゃあ、一口あげるね。味見だけよ」
私はブチっとビスケットを小さな一口にして、オットー君の前にそっと出す。ちょっと、もったいぶった、特別な一口だ。彼もそれをそーっと小さな指でつかむ。
バクッ!ムシャムシャムシャ!
彼は大急ぎでそれを口にほおばり、すごいスピードで食べる。まるで、急がなかったら、誰かに取られちゃうとでも言うような慌てようだ。コイが優雅に泳ぐ池にえさを投げ入れた時の、急に発生する騒々しさにも似たスピード感だ。そしてまた、おかしいほどの大人びた口調で、ちょっと苦悩の表情を交えつつ、ゆっくりと私に聞く。
「マサコ、もうあと一口でいいんだけど、もらえないかな?」
やり取りが何とも愉快で、私も、この「一口あげるね」を何度かすることになる。オットー君の大好きなスナックタイムは、私にとっても楽しい時間なのだ。

うっとりしたり、強気になったり、夢中になったり、あわてたり。二歳のオットー君の日常は、そんなものであふれている。あいまいな「好き」や「きらい」は彼にはない。

「イタタタ、、、痛いよ、オットー君」
また何にかんしゃくをおこしたか、私の首に爪を立て、思い切り力を込めている。完全なる攻撃だ。払いのけようか、厳しい声でしかろうか。
なぜか、思い切り力を込める彼の手に、まるで小さな動物が相手をそれで試しているような、確認しているような感覚を私は持った。私はあえて身動き一つせず、首に爪を立てられつつ、静かに彼に言ってみた。
「オットー君、それ、痛いのよ。私、痛くて悲しいよ」
かんしゃくを、そのくらいつかせた爪から出し切ったのか、彼はそっと私から手を離した。そしてこちらが驚くほどの素直さで、「ソーリー(ごめん)、マサコ、ソーリー、マサコ」と、柔らかい声を出したのだ。
さて、どうしたらいいものかと、適切なしつけの対応を、攻撃されたままの体制で私が考えあぐねていると、彼はその小さな両方の手で私の頬を包み、グイっと自分の顔の真正面に動かした。なんだろう?と私が思った瞬間、そのまま私の頬を両手にしっかり包んで、「チュー」と彼はかわいいキスを私にくれたのだ。何ともチャーミングな「ソーリー」だ。こんなサプライズがあると、私はしつけどころではない。彼を腕に抱え込んで、「アイラブユー」の連呼となった。

オットー君は二歳にしてナチュラルエンターテイナーだ。愉快な会話は言うまでもなく、次に何が出てくるか、予測もできない驚きをくれる。はっきり、くっきりした性質が、ここちよいいさぎよさまで感じさせる。
将来、彼が本物のエンターテイナーになるような気がする。彼の会話を楽しみ、次のすてきな驚きを待ちわびる、私はすでに彼のファンである。

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