見出し画像

エッセイ:心が死んでる女のなんでもない帰省

夏休みに履きなれない下駄を五月蝿く鳴らす男女を鬱陶しく思いながら、逆方向の路線に乗り込む。ぼくは田舎に帰る電車に小走りで乗り込んだ。

慌てて家を出たのは、昨日も酒缶を開けていたからだった。飲みきれなかったストゼロが寝起きの机の上に置いてあった。流しに行くのも勿体ない不味すぎる毒をぼくはベランダで育てているオジギソウにたまにやっていた。ベランダの小さな緑。私の存在を認知してくれる小さな緑。
一昨日見た時には可愛らしくない桃色の花を咲かせていて愛おしく思ったが、今日の朝には枯れかけていた。何も考えずぼくは今日もストゼロをオジギソウにかけてから、家を出てきた。

本数の少ない電車を待っている間、好きな女のインスタを遡っていた。ぼく好みの無機質なデザインの墨が描かれた腕に、赤と白の混在するリスカ痕を見つけた。形容詞がたい気持ちを覚えたのが嫌で、それに見切りをつけるためにいいねを押す。裏切られたような気持ちになるのも独りよがりの愛だ。自己嫌悪から逃避するために画面外のぼくの肌にまとわりつく夏の湿度に思考を写して電車を待っていた。

ふと思う、ぼくは自分が嫌いになっている。

いかに自分の外面を自分の好きな女に近づけようとも、それに何故か反比例する形で僕の嫌いな人間に脳の味噌が変化していくのを感じる。酒が好きながらも自分の仕事をやって、人知れずタバコを吸う姉御肌の女、恋愛をしている姿は人の知れないところにあるような女になりたいと思って、ぼくは髪を切った。ストゼロを毎日飲んでキャスターを無意味に消費した。そんな自分をぼくは愛していた。

でも最近はどうだろうか。ツイッターの裏垢が1つ増えた。遊んでくれる友達には彼氏や新たな友人が出来て、部活での居場所に疑念を抱きながらそんな悩みがぼくの夜を支配して、そんな自分が醜くて気持ち悪いと感じた。人目を気にしてなにも出来なくなることはなかった、自分に向けられる他人の意識が日に日に減ってきたからだ。愛されることを望んでいるけれど、愛される人間になるための努力はとんでもなく苦痛だった。SNSで好きなように振舞ってそれが与えてくれる中身のない一瞬の幸福とその終わりに訪れる自傷意識から必死に逃げて眠った。血が苦手で良かった。

ぼくがこうなったのは偶然多発的な不幸の連続だったと思う。


ひとつ、彼氏のとの別離でも書いておこう。ぼくの愛しかった救い。ぼくの救いはぼくを殺しもしていた。

別れた彼氏は愛しかったが、彼の脆さはぼくの弱さを抉る痛みだった。ぼくたちはあまりにも似すぎていて共有出来る喜びは人一倍だったが、それ以上にお互いを間接的に傷つけていた。ハリネズミほどぼくたちは器用じゃなかった。永遠に刺しあって流れる血はすごく醜かった。ぼくはその痛みから逃げた。ぼくたちをつなぎ止めていたのは自己愛に依存した他者愛だったから、人から見たぼくたちはだれよりも相性がよかった。ドッペルゲンガーに出会うと死ぬように、似すぎた人間は共存できない。自分の弱さを投影する鏡を守り続けることほど哀れで精神を傷つけることをぼくは他に知らない。今でもぼくの弱さを守ろうとする自己愛はぼくを苦しめる。雲母の劈開を想起させるほどにすぐ死んでしまいそうなぼくの分身を大切にしてあげなきゃ生けない気がしてしまう。その断面を見てみたらいっそ決別できる気もするが、それが出来ないのは名前がつかない愛情がいまも残っているからだろう。酷く歪んだこの自己愛を。

ふとカーテン越しの車窓に目をやると、昔腐るほど見た青空と白雲の緑の新田が硝子を占有していた。何も無い田舎への電車は、総ての毒素を振り払うように下宿先からぼくを連れ去っていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?