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その男、スレイシュにつき 《夫婦世界一周紀25日目》

「キャンディに来たというのにおまえたちは観光の一つもしないのか?信じられない。よし、明日は俺が連れて行ってやるよ。」

宿主兼スリランカ警察のスレイシュが僕の肩をもみもみ、そう提案してきた。距離感の縮め方も、いきりたった肩も、高圧的なその大きな身長も全部気に食わなかったけれど、まあこういうのも旅の醍醐味だろうと納得して(というより無理やり押し通されて)スレイシュオリジナルツアーに参加することになった。ちゃっかり一人あたり500ルピーくらい請求してきた。警察なのに、汚職じゃないか。

朝やけにハイテンションなスレイシュがやってきて、娘にバナナを上げたいからもらうよと言ってきた。あげる代わりにツアー代を安くしてくれと言ったら真顔でノーと言われた。なんってずうずうしいやつだ。出発は30分後だという。自慢の車を掃除するらしい。いつも真っ白なワイシャツを着ていて、彼は潔癖症と言えるくらい清潔好きだった。iPhone5の画面はバキバキに割れていたけど。こういうチグハグなところがスリランカらしい。多分僕もフウロもスリランカを間違って学んでいると思う。

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ひょこっと見知らぬ顔が出てきて、その背の低いお兄さんもツアーに参加するという。スレイシュはその男をマーチャンと呼んだ。呼びやすいので僕たちもマーチャンマーチャンと呼んでいたら、マーチャンは恥ずかしそうにやめてくれと言った。チビとか、バカとか、あんまりいいあだ名じゃないのかもしれない。

キャンディに来たらまずは寺院だろうとスレイシュが言い、狭い小道を時速70キロでかっ飛ばした。日本にはないスズキの普通車。スリランカは交通事故率が高いから、車が脇道を通る時には必ずクラクションを鳴らす。ただあんなにふかして飛ばしたら誰だっておののく。こいつがスリランカの警察として君臨していると思うと、まともな国じゃないと誰もが思うだろう。街の車渋滞はものすごくて、片側二車線の道路にトゥクトゥクを含めて横に5台がぎっちぎちになって二車線を争う。その中でもスレイシュは我先にと突っ込み、トゥクトゥクを罵り、歩行者を押しのけて飛ばして行った。寺院は逃げないし、なんでそんなにキレているんだろうか。

お腹が空いていると伝えると、おすすめのカレースタンドに連れて行ってくれた。価格は350ルピーだと言っていたくせに、会計したら一人400ルピーだった。こういうところが本当に嫌いだ。どこまで嫌いにさせるんだろう。でもカレーはめっちゃくちゃ旨かった。イカのカレーが最高だ。ただ、食べてる途中に何度も終わったか?と聞いてくるのはやめてくれ。見りゃわかるだろうに、まだ食べてるんです。

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寺院の前で上を見ながら駐車をするスレイシュになにしてるの?と聞くと、ヤシの実が落ちてきたら大変だろうと笑って言われた。あるあるらしい。寺院は入り口で靴を脱ぎ、裸足で歩かなければならない。裸足に慣れているスレイシュとマーチャンはスタスタ先に歩いて行ってしまう。仰々しく俺が案内するからなんて言っていたくせに、寺院の説明などは一切なし。まあそれならそれでいいやと思ってパシャパシャ写真を撮っていると、ちゃっかりカメラに写ってくる。挙動の一つ一つが癇に障る。

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寺院の目玉は眺望だという。そんなに高所にあるわけじゃないので、近くの森がメイン、遠くにキャンデイの街が見える程度だ。スレイシュはしきりにどうだどうだと言ってきたが、トゥヴァの大自然を満喫した僕たちからすると、感動するほどでは無かった。でもここはスレイシュの顔を立てて綺麗だね。と言ってあげると、「そうだろ。だからツアーはしたほうがいいんだ」と肩を叩かれた。日本人の悪いところはこういうところだと思う。あとで後悔しても褒めたのは自分なのだ。自分が悪いぞ。

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極めつけはキャンディダンスだ。キャンディに古来より伝わる由緒正しき民族の舞踊。と言えば聞こえはいいのだが、実際には欧米人が腹を立てて途中で席を立ってしまうようなレベルの踊りだ。頑張っていないとは言わないが、ひたすらにその場でグルグルと回り続け、回り終わったら拍手を求めるということを延々と10人以上にさせられると、見る方も飽きてくる。あとバク転バク宙だけで万雷の拍手がもらえると思っちゃまずいぞ。

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でもまあ、シルクドゥソレイユがいけないのかもしれない。あるいは、新体操っていう競技がいけないのかも。目が肥えすぎたのだ。キャンディが悪いんじゃない。こちらが悪い。あとこの訳の分からない日本語も、難しく作っちゃった日本語が悪いんだと思う。そうにちがいない。

もうお腹いっぱいだと思って帰ろうと言うと、スレイシュが大急ぎで車に乗せてきた。急いで坂道を登り、早く車から降りろと言う。

なんだなんだと思っていると、僕とフウロの顔が真っ赤に染まった。あたりは見たこともないほど赤く輝いた。キャンディが誇る夕日だ。この時ばかりはスレイシュは何も言わず、ただただその美しい夕日を眺めていた。心の中ではさんざん毒づいていたけど、スレイシュは案外いいやつなのかもしれない。

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満たされた気持ちで車に乗っていたら、スレイシュが上機嫌で言ってきた。

「もちろんレビューを書いてくれるよな。特にツアーがよかったって書いておいてくれよ」

ちょっと期待した自分が馬鹿だった。

一ミリも気が置けない男。それがスレイシュだ。

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外に出ることが出来ない今、旅をできること自体に価値が生まれつつあります。僕たちが見てまわった世界はもうないかもしれないけれど、僕らが家にいる時にも世界は存在していて、今日もトゥヴァだってニウエだってある。いつか全てが終わった時に、あそこに行きたいと思ってくれる人が一人でも増えたらいいなと思って、価格を改訂しました。 無料で公開したかったのですが有料マガジンを変更することが出来なかったので、最安値の100円に設定しています。

2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…

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