瀬戸内の食卓から 〜しその穂の塩漬けと、でべら茶漬け〜

家の目の前にある畑は、父の城だ。もう一度勉強していいなら農業高校に入りたいと常々言っている父は土いじりが好きで、畑はいつも何かしらの作物が実っている。

とはいえ今年の夏は特別厳しかったから、例年のようにトマトもきゅうりもナスも順調には育たなかった。青じそだけは元気に育ったので、若葉はもちろん、伸びきった穂もこれから収穫して塩漬けにする。

しその穂の塩漬けは、我が家になくてはならない薬味だ。凝縮された上品なしその香りとキリッとした深みのある塩気、ぷちぷちとした食感は、シンプルな料理のアクセントとして最高以外の何ものでもないのだ。

湯豆腐にのせれば、醤油なんて必要ない(あってもいいけど)。ほんのり温かい豆腐を口に運ぶと、素直な大豆の甘みと、香り高いしその穂の塩気、そしてぷちぷちとした歯ごたえが口中を喜ばせる。肌寒くなってきた季節の晩酌に、これと燗酒が出てきたらもう全面降伏である。それ以外何もいらない。

さらに。しその穂の塩漬けがその真価を発揮するのは、お茶漬けである。

できれば炭火で、無理でもグリルで、少量の醤油を塗って丁寧に焼き上げた焼きおにぎりを、深めのお茶碗のなかにそっと置く。おにぎりの上に少しの塩昆布と、しその穂の塩漬けをのせ、ゆっくりとお湯をを注ぐ。醤油風味のパリッとしたおこげが、やわらかくなりきらないうちにずずずと食べる。しその穂の香りを一番シンプルに楽しむならこれがいい。

瀬戸内の名物、小エビのかき揚げや、アナゴの天ぷらなどを載せた天茶(天ぷら茶漬け)にも、しその穂の塩漬けは欠かせない。胃腸弱者の私は、外食の天ぷらはなかなか胃に合わないことが多いのだけど、この天茶だけはあっさりと最後まで食べられる。天ぷらなんて油物に、お湯を注ぐなんて許せないという人もいるかもしれない。でも、違うんだ。これだけは違うんだ。

衣をカラッと仕上げた天ぷらに、潔いお湯とキリッとしょっぱいしその穂。天ぷらの衣は、半分はお湯でくたっとさせて、半分はカラッとパリッとをキープさせながら食べるのが私流である。くたっ⇆パリッ⇆ぷちぷちの共演。食感の宴だ。一度でいいから試してみてほしい。

我が家の天ぷらの作り方はこの記事に書いてある。特別なことはしてないけど。


夏の終わりの贈り物みたいな、この、しその穂の塩漬けは一年を通して食卓に並ぶので、秋彼岸法要で多忙を極める9月の半ばにも関わらず、家族総出で収穫に励む。この穂は灰汁が強くて、収穫していると指先が真っ黒に染まるのだけど、そんなこと塩漬けの美味しさを思えば何てことないのだ。


夏が終わり、秋が過ぎると冬がやってくる(当たり前体操)。


瀬戸内には「でべら」という食べ物がある。正式名をタマガンゾウヒラメといって、20cmくらいの小さな魚。それの干物だ。本当に何でもない干物なのだが、冬になると瀬戸内の酒飲みは必ずこれを求める。少なくとも我が家の酒飲み(全員)は、でべらのない冬には耐えられない。

木槌(金槌でも)で叩くか、サッと水に通すかして、これを焼く。叩いたり、水通しするのは、骨と身を離れやすくするためで、焼き終わったあとに、アチチと言いながらベリっと身を剥ぐ。焼きたてに醤油をたらして食べるのが炙りでべらと言って、瀬戸内の冬の風物詩だ。

とにかく美味しい。みりん漬けでも何でもない、ただの干物なのに噛めば噛むほど旨味がじわじわと出てくるので、お酒を飲むのが忙しい。

これでもじゅうぶん美味しいのだけど、さっき身と引き剥がした骨や頭を思い出してほしい。それらを煮出して取った黄金色のスープは、でべらの香りや旨味が凝縮されている。ほかほかの白ごはんに、さきほどの炙りでべらをのせる。ただのせるのではなく、白ご飯に埋もれさせて少し身を柔らかくしておくのもいい。

きらめく黄金のスープを上から注ぐ。ほわっと漂う湯気さえ美味しい。炙りでべらの香りと旨味、わずかな醤油の風味がスープに溶けていく。仕上げに載せるのは、しその穂の塩漬けだ。塩昆布もちょっとなら載せてもいい(たくさん載せると味のバランスを損なう)。これが、我が家のでべら茶漬けである。

そこからは喋ってはいけない。でべら茶漬けに失礼だ。すみやかに箸で口にかきこむ。やけどには気をつけて。口のなかを、旨味のスープと、やわらかくほどけた炙りでべら、さらさらの白米が満たしていく。ほのかな醤油の香りに、しその穂の香りと塩気が加わると、もう手は止まらない。食べ続けるより他に選択肢はない。

食欲のないときでも、これなら最後まであっさりと完食できる。そして食べ終わったあとの口中には、なんとも言えない美しい後味がのこるのだ。お腹は満たされるだろう。けれどすぐに空くはずだ。余計なものの入っていないシンプルな食べ物というのは、すぐお腹が空くのだ。持論ですけど。


小さなさざなみに光がきらめく瀬戸の海は、時間帯によっては光の絨毯みたいで美しい。夏のきらめきは際立って鮮やかだ。けれど、秋や冬の海も味わい深い。むしろ寒い時期(とはいっても温暖だけど)のほうが、「海辺の生活」の香りは濃いかもしれない。美味しいものも一年中ある。瀬戸内の食卓には、派手さはないけど滋味深く染み込むような優しい味ものが多い。


なので、ぜひ遊びにきてください。

遊びに来て、美味しいもの食べて、海辺でぼーっとして、写真撮って、帰ったら「広島けっこう良かったよ」って誰かに教えてあげてください。よろしくおねがいします。



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