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みんな出番がある

【要は、自分に〇〇をつくなって話】

誰しもが見逃しがちなモノでも、見方を変えればカッコよく、美しく見える瞬間ってあると思う。

ここだ!というタイミングで
それぞれに出番がある。

それぞれに役割はあるはず。

別の角度から捉えると
思っても見ないところに、自分でも気づかない良さがあるのかもしれない。


人にとってもそうだろうか

その出番や瞬間はいつなのか

飛び込んで掴みにいく人
地道に掴みにいく人
偶然まわってきた人
必然と覚悟した人
宿命だと戦った人

様々なストーリーに
その役割と出番がきっとあるはず。

それが何のか
それがいつなのか
わからないから

誰にも決めつる事のできない
自分という人間の答えを

どこからきたのかもわからない、誰にも説明できない内なる精神(自分自身)に問いかけるしかないんじゃないかな!

自分の歩んできた道を振り返ると、
今までチョイスしてき沢山の右と左。もしくはあえての戻り、仕方なく上、勝負の下。

そんな単純な
二択だけではなくて
常に沢山の道があったはず。

【その時のチョイス】に
たらればは無い。
唯一残る、
【そのあと残るの気持ち】が
前に進むエネルギーだとしたら、

そのチョイスの決定打に
負の感情や、自分の非を認めない愚かなチョイスがあったとしたら

負の連鎖に突入して
後戻りができないという心の束縛によって
そのまま身を滅ぼしかねない無謀な道をチョイスしてしまうかもしれない。

自分の虚像を人に押し付けて
小さく閉じこもってしまった器の中で、履き違えたプライドを振りかざしているのなら

内なる自分に
今一度、しっかり見つめ直す時間が必要なのかもしれない。

まだ理想の出番を待ち続けている人は

スポットライトを照らそうと
働きかける運命を求めて

良いチョイスをしていくしかないんだ。

逆に、良くない流れになるうるチョイスをし続ければ
恐ろしいスポットライトを浴びることになるかも。

『つか、そんな難しい言葉並べて!全然意味わかんない!
そもそも自分らしくってなんなのかわからない!』

って人もいるだろうけど

どこからきたのかもわからない、自分でも説明ができない内なる精神へ

真正面から問いかけるしかないんじゃないか。

【要は、自分に嘘をつくなって話】

yesとno以外の選択もあるし
好きと嫌い以外の感情だってある。
多様な価値観が当たり前の世の中で、
誰にも何かを押し付ける権利なんてないとしたら
一方が間違ってると思うチョイスを、新たなチョイスを提示する事しかできない。

その受け取り側がどう感じるか。そのハンドルは全てその人自身が握ってるから。

何かに気付いて欲しい人のメッセージを、受け取るかどうかは、その人次第だから

いつの日か
その人にとっての
気づきの出番があるのだろう。そしてその人に想いを伝える出番の人がいるだろう。

さらに、その想いを伝える出番の人に、想いを伝えようと決心するような気付きを残してくれる人の出番があるのだろう。

そうやって人は
繋がっていくのだろう。

#建物 #建物フェチ
#note #コラム #独り言


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