福岡⇒東京②

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空港に着いて、改築されて様変わりした福岡空港におどろく。

以前は、地下鉄から保安検査場までけっこうなストロークがあり、
5分走ってようやく検査場、という距離感だったんだけど、
改築後は駅についてすぐのエスカレーターを上がった先に保安検査場、という配置にかわっていた。

「マジかよ最高」と思った。

自分はスケジュールの決まっている行動が不得意で、
寝坊したり、靴下の色を選んでいる間に予定時刻に遅刻してしまうことが多い最低の人間なので、この改築はとてもありがたい。

連載時の話だが、
スタッフの子らと年に一度の集英社の新年パーティに向かうとき、
全員分のチケットを所持していた自分が遅刻してしまって、みんな飛行機に乗れなかったことがあった。
飛行機は1本遅れで乗れたが、保安を検査されることも叶わなかった全員のよそいきの素敵な服をみた俺はとても死にたくなった。

……ということもあって、空路をはさむ旅程は毎回緊張感がある。
いつかまたなにかやっちゃうんじゃないかと……。
そんな自分のために福岡空港がここまでしてくれるなんて本当にうれしい。
ありがとう、福岡空港。

保安検査場を通過し、
ごきげんで「お土産なんて買って行こうかしら」なんて売店に足を運んでみる。
よさげなチーズケーキが目を引き、購入。

「持ち運びは4時間までになります」
4時間か。

福岡⇒東京間は飛行機で2時間。羽田空港からホテルまで30分。
……余裕だな。

これを今日17時からの打ち合わせに持っていけば、
最低遅刻人間どころか、生真面目チーズケーキさんになれる。
遅刻しないために午前2時に起きるとかめちゃくちゃ生真面目だし、さらにチーズケーキ持参なんてとても出来た人間。これこそぼくのなりたかった大人だ。

あとは大人しく飛行機を待って、乗り込むだけだ。

(飛行機のなかで読書でもしようか。色紙に描く絵を進めようか。)
などと考えていると、アナウンスが。

「当便は13:20の出発予定でしたが、15分ほど出発が遅れます。みなさまにはご迷惑をおかけしますが……」

(15分遅れ。たまにある。大丈夫。
打ち合わせの開始は17時だし、13:35発でも15時半すぎにはつく。
羽田からタクシーで現場まで30分くらいだから、16時にはついて、
チーズケーキも持ち運べる。1時間余裕があるから、ホテルでチェックインしてからでも行ける。ばっちりだ。)

「先ほどはアナウンスにて13:35の出発とお伝えしておりましたが……、14:00とさせていただきます。みなさまには大変ご迷惑をおかけしますが……」

空港の周囲が少しだけざわつく。
当初の予定から40分遅れなので、無理もないだろう。
自分も頭で予定を計算し直す。

(40分遅れるということは、さっきの計算より25分遅れるわけで……。
羽田には16時到着か。さっとホテルにチェックインして現場に向かえば打ち合わせ開始の17時の10~15分前には到着できそうだ。10分前行動。大人だ。
これでチーズケーキを渡せばさらに完璧だ。)

「お客様には大変ご迷惑をおかけしております。
14:00とさせていただいていた出発の予定ですが……、計器の整備のため……、14:20に一度状況をアナウンスとさせていただきます。みなさまには大変ご迷惑を……」

不穏な空気が漂い始める。あたりもざわつく。
アナウンスも飛行機が飛ぶことを明言しなくなった。

(14:20……に出発したとして、飛行機が2時間で羽田到着。
16:20?……ホテルのチェックインはやめよう。
そこからタクシーで移動して、16:50到着。いや、羽田に着いてからも細かい移動があるし、道が混んでいないともかぎらない。
打ち合わせ開始の17:00はもうちょっと厳しいかもしれない。
ブロッコリーの山下くんに連絡しておこう。
大丈夫。少しの遅れなら打ち合わせの内容に差し支えはないはず。収録のチェック作業がメインだからそれを、ああしてこうして、うん。
チーズケーキもあるし、ご容赦いただこう……。せっかく早起きしたんだけどな……いや、誰も悪くない、仕方ない)

再計算も不穏な数字をたたき出す。いやな予感は肌で感じていた。
そしてついに、

「お客様には……大変ご迷惑をおかけしております……。
13:20発予定の当機は……計器の整備作業のため……、15:30に……一度アナウンスとさせていただきます。みなさまには大変なご迷惑をおかけしますが……ゆっくりとお過ごしください……つきましては、2000円分のお食事券を……」

そのアナウンスが流れたときのあの空気感、どよめき。
音にすると「どぅわわっ……!!」だろうか。
13:20発が15:30アナウンスに変わったのだから、なかなかだろう。

えらいもんで、海外の4人組のおっちゃんたちはすぐにビールを買って酒盛りを始めていた。

(そうだ。時間通り飛行機が飛ぶこと自体、日本がまじめで豊かな証拠じゃないか。その環境にすっかり慣れていた自分への警鐘だ、これは。
なぜその鐘をいま慣らされているかは不明だが、きっとそうだ。
念のため、再計算してみようじゃないか。
まず、15:30まで飛行機が飛ぶことはない。
……が、もし15:30に飛行機が飛んだとして。
羽田まで2時間……17:30に到着して、17:30!?
打ち合わせ始まっちゃってんじゃん!!
いや、その俺はまだ羽田だ、そこからタクシー移動で30分、細かいロスで10分と考えて……18:10!!
遅刻野郎じゃん!! 遅刻野郎に、なっているじゃん!!)

なりたかった大人になれなかった自分。
逆に笑いさえ出てくる。これが自嘲か。
いっそ、おっちゃんたちの酒盛りにでも混ぜてもらおうか。
そんな妄想さえ頭をよぎる。

……ハッ。

(そうだ、チーズケーキは!? チーズケーキの予定も再計算しないと!
チーズケーキを購入したのが13時……!
「持ち運びは4時間ほどまでになります」ということは……チーズケーキの寿命は……17時!! 死んでる!!)

俺は生真面目チーズケーキさんどころか、
ただ腐っていくチーズケーキをもっているだけの遅刻野郎に成り下がってしまった。
遅刻したくなくて……午前2時に起きたのに、だ。

***

その後、15:30のアナウンスでは、計器の整備に思ったより時間がかかると。
もう少し待ってください、ご迷惑を……攻防が繰り返され、
そのたびに乗客の目の色が失われていった。
俺は手のなかで死んでいくチーズケーキを抱きかかえている。

窓の外では、ほかの羽田行の便が空へと射角を描いている。
それを乗客一同、ぼんやりと眺めている。

結局飛行機が出発したのは17時すぎだった。
再計算すると、現場につくのは20時とかそんな感じだ。
遅刻というか、ここまでくれば欠席だ。

ふとこの飛行機、連載していたときの自分に似ているな、と思った。

締め切り直前、編集部も印刷所も原稿を待っている。
俺はあと5分、いや10分くれ、という。
本当にその時間で大丈夫なのか……?
本当はぜんぜん出来ていないんじゃないか……?

なにもわからない。
まわりはただ、のれるように、と祈るしかない。

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