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【ネタバレあり】舞台「刀剣乱舞」天伝 蒼空の兵 -大坂冬の陣- 考察

「蒼空の兵」というタイトルについての考察。
「青」ではなく、なぜ「蒼」か。「つはもの」とはどういう意味だったのか。

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この舞台を最後まで観て、
タイトルの「蒼空の兵」が、豊臣秀頼と一期一振を指していたことがわかったので、それに関係して考えたことをまとめてみました。
松田凌さんの加州清光の演技の話はまた別途で書きます。

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一期一振は「大坂城が落城した際にそれまでの記憶を失った」という欠落を抱えて顕現した刀剣男士である。
本作における彼は「粟田口藤四郎吉光の打った唯一の太刀」「藤四郎兄弟の長兄」という堅固なアイデンティティを持つものの、ふとしたきっかけに蘇る豊臣時代の記憶の残滓に苛まされている。

そして豊臣秀頼は、関白・豊臣秀吉の一人息子で、戦を知らない生まれながらの天下人だ。
が、そのことにコンプレックスを抱き、武功を立てたいと強く願い、戦乱の世の終わりに焦りのような感情を見せる節もあった。

さらに豊臣方では、彼の母・淀君は秀吉以外の男と密通していたという噂、秀頼はその結果として生まれた不義の子ではないかという噂がまことしやかさに囁かれており、彼は「もし自分が秀吉の子でないならば、いったい何者なのか」という苦悩を抱えている。

自らの来歴にかかわる記憶(=豊臣時代の記憶)を失った一期。
幼くして父を亡くしたために真実を知ることができない秀頼。
ふたりとも「自分が何者か」を語るための確たるピースが無い。

……「自分」から、物語とか、歴史とか、関係性とかが根こそぎ奪われたとしたら、そこに何が残るだろう?
もしかしたら、何も残らないんじゃないか?

そう思うと、一期も秀頼も、とても不安定な足場の上に立っているんじゃないか?ということに気付いて、こちらまでつらくなってしまう。

そんなふたりのぐらつく足元を照らしたのが太閤左文字だ。
かつての秀吉の愛刀であり、豊臣時代の記憶を保持していた太閤は『あおぞら』という一つの答えを提示した。

太閤は、かつての主君・秀吉のことを「天いっぱいに大きくて広い人」「『あおぞら』みたいな人」と言った。
その秀吉と同じ匂いがする秀頼もまた「豊太閤と同じ『あおぞら』」であると。
そしてそんな豊臣家に大切にされた一期一振もまた『あおぞら』なのだと。
(※この『あおぞら』の話をする時に、一期一振の青みがかった髪色について一切言及しなかった脚本は意外であったけど、私はそれがとても好きだ)

太閤がふたりに『あおぞら』を語る、このシーン。
舞台セットは大坂城内であるのだが、
彼の心象風景を現すように、澄んだ青色のサスライトがさーっと上から差し込んでくるサマがとても美しかった。
もしあなたが配信か円盤で鑑賞する機会があったならばぜひ注目してみてほしい。


太閤の言葉をきっかけに決意を固めたふたりは、それぞれの戦場へと向かうこととなる。
秀頼は、『豊臣の守り刀』としてラストバトルへと赴く一期に「さぁ行け、蒼空の兵よ」と鼓舞して送り出し、
対して一期は、ラストシーン、任務を果たして本丸へ帰還する直前に、大坂の冬の空を仰いで「私にとって秀頼様こそが、あおい、あおい、蒼空の兵でした」と思いを馳せる。

『あおぞら』は、刀ステの豊臣方におけるキーワードと見て良いだろう。
ここで私は気にかかったことがあった。
なぜ『あおぞら』は「青」空ではなく「蒼」空なのか?

大辞泉を手繰ってみると「蒼」は以下のように定義されている。

1 あお。あおい。「蒼海・蒼蒼・蒼天」
2 あおざめて生気がない。色つやがない。「蒼古・蒼白/古色蒼然」
3 草木が茂るさま。「蒼蒼/鬱蒼(うっそう)」
4 おおぜい。「蒼生・蒼氓(そうぼう)」
5 あわてふためくさま。「蒼惶(そうこう)」
(出典:デジタル大辞泉

対して「青」はこのように定義される。

【名詞】
1 色の名。三原色の一つで、晴れた空のような色。藍(あい)系統の色から、黄みを加えた緑系統の色までを総称する。また、公家の染織衣服や襲(かさね)の色目では、緑色を意味する。
2 馬の毛色で、青みがかったつやのある黒。また、その馬。
3 「青信号」の略。
4 「青短(あおたん)」の略。
【接頭語】
名詞や形容詞に付いて、未熟な、若い、などの意を表す。
(出典:デジタル大辞泉

「蒼」は「青」と呼ぶことができる膨大な色のうちの、とある一部分のようだ。ただし、もしかしたらポジティブなイメージが無い字なのかもしれない。
では、なぜ「蒼」を採用したのか。

ここでちょっと思い出してほしい。
秀頼が「さぁ行け、蒼空の兵よ」と一期一振を送り出すあのシーンを。
背景スクリーンをびっしりと埋めていた、ぶ厚い雲が両脇に捌けていき、画面いっぱいに『あおぞら』が現れる、あの美しい演出を。

雲を抜けて、蒼穹へ。
困難を乗り越えたその先には、広く、あたたかい空が広がっている。

これ、もしかして「雲外蒼天」では…?

もしかしたら「蒼空の兵」の「蒼」は故事成語(とされる四文字熟語)「雲外蒼天」の「蒼」の意も込められているんじゃないだろうか。

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そして「蒼空の兵」の「兵(つはもの)」についても考えてみたい。

学研全訳古語辞典を手繰ると、
「兵(つはもの)」はこのように定義されている。

①武器。兵器。
②武士。兵士。勇士。豪傑。
(出典:学研全訳古語辞典

つまり「つはもの」は、一期一振という「武器」と、豊臣秀頼という「武士」を一言で言い表すことができる言葉といえる。佳いダブルミーニングだ。

NHK「名品の来歴・名刀 膝丸」で歴史学者の関幸彦氏が解説していた「つはもの」が大変興味深かったので、紹介したい。

武力を請け負う連中たちが「つはもの」と呼ばれる。
「つはもの」というのは、簡単に言えば、強者(つよいもの)ではありますけども、
あとは武器(うつわもの)と……
器(うつわもの)と言うのは武器、武具。

(つまり、つはものとは)
これ(=武器)をですね、自由に駆使する。戦う。
まぁ一種のプロフェッショナルということです。

(出典:NHK「名品の来歴・名刀 膝丸」2021/3/21放送分を文字起こし)

関氏の解釈を元に読み替えてみると、
歴史を守る刀剣男士として、そして豊臣の守り刀として「刀を迷いで曇らすわけにはいかない」と心を決めた一期一振も、
武士としての誇りを守るべく、戦に身を投じようとする豊臣秀頼も、

「武器を駆使し、戦乱の世を鎮めようとする強者に成りたい」という根っこの部分では、おんなじと言えるんじゃないか?

ので、「蒼空の兵」とは、一期一振(武器)と豊臣秀頼(武将)を言い表す題名であると同時に、ふたりが目指す理想像も示した題名でもあると言えよう。
やっぱり佳いダブルミーニングだと思う。

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■今後の予定

現在執筆中のもののうち、noteで公開する予定の文章は下記の通り。

▼刀ミュ関係
・「東京心覚」とはどんな物語だったのか?
・歌う三日月宗近についての考察 2016→2021 -共感覚の見地から-
・「歌合 乱舞狂乱'19」考:「彼」と「彼」が顕現しなければならなかった理由+刀ミュの三日月宗近の宿願について
・「歌合 乱舞狂乱'19」考:にっかり青江の終わらない物語と「菊花輪舞」
・「ミュージカル刀剣乱舞」×テキストマイニング

▼それ以外

・「活撃 刀剣乱舞」×テキストマイニング 後編
・刀工 備前長船長義および兼光の評価について
・花丸、活撃、刀ミュ、刀ステの「鶴丸国永」×テキストマイニング(※2021年秋予定)
・「鬼」と「鬼を斬った刀」と髭切について
・長義の刀ととある裁判について

▼梅津瑞樹さん関係
・舞台 紅葉鬼(能「紅葉狩」刀剣「髭切」「山姥切国広」を絡めた)感想
・SOLO Performance ENGEKI 「HAPPY END」感想

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