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【考察】小狐丸(刀剣乱舞)の言う「よい夢」について考えてみた

マシュマロでこのような質問をいただきました。ありがとうございます。

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いつもはTwitterのリプライ機能で回答を書いているのですが、今回は結構な文章量になることが予想されたので、note記事での回答とさせていただきます。

「小狐丸(子狐丸)」という名の刀剣はいくつかありますが、「刀剣乱舞」の小狐丸というキャラクターは、能「小鍛冶」に登場する同名の架空の刀剣をモチーフにしているように思いますので、それを前提として書いていきます。

今回はこのようなことを確認・検証してみました。

①能「小鍛冶」の物語
②古来「夢」はどのようなものとされていたか
③初夢の定義
④複式夢幻能という観点から見た、小狐丸と三日月宗近の関係性
⑤小狐丸と三日月宗近の対称性

1.帝の見た御霊夢と「小狐丸」の出自

能の詞章をベースに、「小鍛冶」の物語を整理してみます。

時は平安。一条天皇の治世の頃。
夢の中で「宗近に剣を打たせよ」という不思議なお告げを聞いた一条天皇は、刀鍛冶の名人である三条小鍛冶宗近の元へ、橘道成を勅使として送り出します。

【前半】
宗近の家を訪れた道成が、ことのあらましを語る所から物語は始まります。
宗近は勅命を拝聴したものの、困ってしまいました。
剣は一人では作ることができません。彼の相槌を務められるほど腕の立つ者がいないのです。
宗近は辞退しようとしましたが、道成も引き下がるわけにはいきませんでした。説得により、宗近は帝に捧げる剣の製作を引き受けることになります。

困りに困った宗近は、神仏に縋るよりほかないと氏神である稲荷明神を詣でます。すると、そこに童子が現れました。
童子は、古代中国から伝わる剣の伝説や、日本神話における「草薙剣」の威光を語り、それらに勝るとも劣らない素晴らしい剣を打てるはずだと宗近を励まします。

宗近は思いました。この童子は只者ではない、と。
誰に話したわけでもない勅命のことをなぜ彼は知っているのだろう?
思わず正体を訊ねましたが、童子は宗近の問いには答えず、剣を打つ用意をして待てと告げるとどこへともなく消えてしまいました。

【後半】
準備を整えた宗近が鍛冶場で祝詞を唱えると、1柱の神が現れました。先ほどの童子は宗近の氏神である稲荷明神の化身だったのです。
稲荷明神は宗近に跪きました。神ながらも今この時ばかりは、帝に捧げる剣を作るため、宗近の弟子となって相槌を務めようというのです。

鍛冶場に宗近の主槌と稲荷明神の相槌の音が鳴り響き、勅使の道成はそれを見守ります。やがて一振りの剣が完成します。その刃には、天の叢雲を映したような刃文が宿っていました。
天下泰平をもたらすであろう美しい剣は、表に「宗近」、裏に「小狐」と二つの銘が刻まれ、稲荷明神によって「小狐丸」と名付けられました。
稲荷明神は道成へ小狐丸を渡すと、京の東山にある自らの社へ雲に乗って帰っていくのでした。

…というわけで。
小狐丸が作られたきっかけとなったのは一条天皇が見た「夢」です。それも只の夢ではなく「霊夢」です。一条天皇は夢の中で神託を受けたのです。

「夢」の歴史は深く、遡ると奈良時代に書かれた文献の中にもその記述を見つけることができます。
「夢」は見た人のその後の運命を揺るがすこともある、とてもプライベートかつセンシティブなものだったようで、それゆえか古来より「よい夢」を見ることはとても重要なこととされていたみたいです。
(これは源氏物語の中にも記されているのですが、夜見た夢の内容を人に語るのは、基本的に禁忌とされていたようですね)

ですので、悪夢を見てしまった時は、神仏に祈りを捧げたり、お祓いやまじない等をして、夢が正夢にならないようにしたのだとか。

奈良県の法隆寺・大宝蔵院にある観音菩薩立像は「夢違観音」という異名がありますが、これは悪夢を見た時にこの菩薩像に祈ると吉夢に変わる…という伝説が関係しているようです。
「曽我物語」の写本の中には、不思議な夢を見た妹を災禍から守ろうとして北条政子が妹の夢を買った…というエピソードが記されているものがあるみたいです。

そして、新年のはじまりに見る「初夢」は、その年の吉凶を占うとても重要なものとされてみたいです。

だからこそ、小狐丸は

よい夢を見てください。ぬしさま
(出典:「刀剣乱舞-ONLINE-」正月ボイス)

…と、審神者に言ってくれるのではないでしょうか?

2.「初夢」はいつ見るもの?

現代では「1月1日の夜に寝て、2日の朝に起きるまでに見る夢」が初夢とされるようですが、「刀剣乱舞-ONLINE-」の正月ボイスは元日以降も聞くことができます。
小狐丸の言う「夢」は「初夢」のことではない…?
…と考えることもできます。

ここで「初夢」の定義について調べてみると、面白いことが見えてきました。
「初夢」の文献上の初出とされるのは、平安時代末期に成立した西行法師による歌集「山家集」ですが、それによると初夢は節分の夜(立春の前日の夜)に見る夢だそうです。
当時は立春が新年のはじまりだったので、初夢は正月の直前に見る夢だったということになります。
現代と同様に「1月1日の夜から1月2日の朝にかけてみる夢」を初夢とみなすような記述は江戸時代の書物に見られるそうです。「1月2日の夜から1月3日の朝にかけて見る夢」も初夢とするむきもあるみたいですね。
(※ウェブ上でソースとなる書誌はきちんと確認できませんでしたが、民俗学者の柳田国男氏が言及している論文があるようなので、いずれか確認してみようと思います)

「初夢はいつ見る夢か」という定義は時代によって変わるみたいです。
刀剣乱舞の小狐丸は元日から1月7日まで、つまり「松の内」の期間にかけて正月ボイスを言ってくれますが、これは諸説ある「初夢」の期間をまるっと包括している…と考えてみてもいいかもしれません。
(もしかすると2205年の「初夢」の定義も21世紀から変わっているかもしれませんね…!)

3.小狐丸の「夢」と三日月宗近の「現」

小狐丸の正月ボイスはこの通り。

よい夢を見てください。ぬしさま
(出典:「刀剣乱舞-ONLINE-」正月ボイス)

そして三日月宗近の正月ボイスはこのようになっています。

そうだ、初日の出は拝んだか。
いや、俺はジジイだからな、早起きしてしまったよ
(出典:「刀剣乱舞-ONLINE-」正月ボイス)

…まるで対になっているように感じませんか?

「小鍛冶」は「複式夢幻能」というサブジャンルに分類されることもあります。前場と後場の二場から構成される演目を「複式」といい、この世ならざるものが主人公を務める演目を「夢幻能」といいます。
(※生きている人間の役のみが登場する演目は「現在能」といいます)

そして能の主人公は「シテ」といい、シテの相手役は「ワキ」といいます。
(※ワキは「脇役」の語源といわれていますが、能のワキは決して脇役ではありません)

夢幻能では、この世ならざるものであるシテが、観客と同じ視点を持ち、生きている人間であるワキを夢幻の物語の世界へといざなう…という進行がなされます。
シテは必ず一番最後に登場し、演目が終わると一番最初にはける……まさに存在そのものが夢幻的と言えます。

…これらの知識をふまえてみると、
架空の刀剣である小狐丸と、現存する刀剣をモチーフにした三日月宗近は、それぞれシテとワキに対応しているように見えてきませんか?

よい夢を見てください。ぬしさま

…と、小狐丸(シテ)が夢へと審神者を誘い、

そうだ、初日の出は拝んだか。
いや、俺はジジイだからな、早起きしてしまったよ

…そして夢から覚めた審神者は、三日月(ワキ)と共に現実の朝を迎える。
私はそんなふうに感じてしまいました。

4.「せめてよい夢を」の「せめて」とは?

修行前の小狐丸のセリフにこのようなものがありますが、

ぬしさまは、お休み中ですか
(出典:「刀剣乱舞-ONLINE-」本丸(放置)ボイス)

修行後、こういう風に変わりました。

せめてよい夢を、ぬしさま
(出典:「刀剣乱舞-ONLINE-」本丸(放置)ボイス)

「せめて」というのは最低限の願望を示す副詞です。
そしてどうやら刀剣乱舞の世界では、戦況はどんどん悪化しており、審神者は苦しい状況に身を置いていることが他の男士のセリフからうかがい知ることができます。

つまり、小狐丸は眠っている審神者を見守っていて、こういうことを言いたいかったんじゃないかな…と…!

「(現世ではお辛い情況が続きますが)せめて(眠っている間だけでも)よい夢を、ぬしさま」

なんて優しい…!なんて献身的…!
見守りお兄さん…!。゚(゚´Д`゚)゜。

「小鍛冶」の小狐丸はもともと天下泰平を祈願するために作られた刀剣です。ですので、刀剣男士である小狐丸は世に平和をもたらし、そして「ぬしさま」の心にも平安をもたらしたいと考えているのではないかな、と私は妄想しています。

先ほど、小狐丸と三日月宗近のセリフは対になっているように感じる、という持論を展開しました。いずれ実装される三日月宗近(極)の放置ボイスは、この小狐丸(極)の放置ボイスと何らかの形で対になっていたらおもしろいなぁと思っています。

私の解釈は以上です!
ここまでお読みくださりありがとうございました!

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◆今回の参考文献・URL

【書籍】
・「小鍛冶 参考謡本」(2020,丸岡大二,能楽書林)
・「能楽ハンドブック 第3版」(2008,戸井田道三(監修)小林保治(編),三省堂)

【論文】
日本における夢研究の展望--補遺-1-古代から近世における夢の言葉(1994,名島潤慈)
・「「夢幻能」概念の再考 -世阿弥とその周辺の能作者による
幽霊能の劇構造-
」(2016,重田みち)

【ウェブページ】
・「めでたい!展 展示詳細(2)初夢でめでたい!」(2016,島根県立古代出雲歴史博物館)
・「一年の吉兆を占う初夢とは」(2018,kuzirann,季語ネタ情報局)
・「初夢とはいつみる夢の事か。」(2004,江戸東京博物館)
・「初夢」(2006,瀬戸智子)
・「入門・能の世界:能の曲構成」(the能ドットコム)

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