物語100連発その11 ~Spiral over and over ~

「ミシッ、ミシッ」
ガラスが軋む音が聞こえる。
「バリッ」
「バシャーッ」
ガラスの割れる音がする。
それと同時に青色の液体が流れ出て視界が透明になる。
本能的に四方を厚手のガラスに覆われた円柱形の物体から出る。
「ここはどこだ? 俺は一体?」
「ようこそ3年後の日本へ。」
視界が真ん中から徐々に鮮明になっていく。
目の前に壮年の男が立っていた。
壮年とは思えないほどの圧倒的な体躯を誇るが、
首元に入るしわを見ると恐らくそれに近い年齢であることが分かる。
「お前は誰だ?」
「ふふ、パチッ」
男が指を鳴らした瞬間、頭の中に今までの思い出、これは俺がやったことの全て、
見たものの断片が次々に再生される。
「それでは、貴様が俺を3年、いや10年か、眠らせたのだな。」
「そちらも覚えているとは、怖い怖い。」
「そちらということはこちらもあるわけだな。」
「ええ、10年前、あなたは裏切りにあい、命を落とされました、
文字通り限りなく死に近づいたと言って良い。
ですが、不死鳥にも近いような生命力を発揮したあなたは生きていました。
体の腱と筋肉を割かれ、相手方はあなたを確実にしとめたと思ったでしょう。
だから心臓と脳に一撃を入れなかった。
要は詰めの甘い男だったのですな。
それから3年間あなたはこの調整槽ではない別の施設で
体を回復させていた、ですが、そこも奴らに襲われました。
そして一度目覚めた貴方を私が担ぎ出し現在のここへ。」
「そうか、世話をかけたな。ありがとう。」
「いいえ、これも我が願いを叶えるため。」
「そうか、何でも言ってみろ。善処しよう。」
「ある男を殺して欲しいのです。」
「その程度ならば、おぬし 一人でできよう。」
「いいえ、覚えてらっしゃいませんでしたか。
裏切り者の恵治のことを。」
恵治、誰だ、分からないが頭がうずく。
「やはり。」
「とにかくここを離れましょう。ボートを用意してあります。」
「ボート?」
「出てみれば驚きますよ、これが服です。」
差し出された、茶色のパンツと黒色のジャケットを羽織る。
ガチャッ
取手のない壁を押すと扉だったそれが開いた。
「大したものだ。」
薄暗い空間に日差しが差し込む。
かなり眩しい。
「先ずは日光に目をならされることです。」
「そのようだ。」
出口は大きな柱の中央のようだ、
大きな川に掛かった橋の柱。
「こんなところにいたとはな。」
「ええ。驚かれると思っておりました。」
「期待に添えて何よりだ。」
少し水位が低いのかボートまで1mほど高さがある。
足元に掴まったあと、そっと足を下ろす。
ボートに移ると川の流れが弱いのか安定している。
「それでは行きますぞ。」
こうして少しずつ下流に下っていき、小屋に入った。
「ここが、お前のアジトか?」
「そうなりますね、秘密基地のようでいいでしょう?」
そういう時だけ少年のように笑う。
階段を上がり室内に入ると
薄暗い部屋の中にランプ、濃い青色の液体、
それに銃が一丁だけ置いてあった。
「これが獲物か?」
「ええ、あなたの今までのそしてこれからの相棒です。」
俺にこの銃の記憶はない、だが不思議と手に馴染む。
「まるで10年前からの友と出会ったような感覚だ。」
「ふふふっ。」
「何がおかしい?」
「いいえ、眠っていた間に詩でも書いていたのかと、
依然のあなたはもう少し無口で、そんな詩的な表現はなかったと思いましてね。」
「そうか、気をつけよう。」
こうして銃をホルスターにしまい、給弾ベルトを腰に巻きつける。
そしてかけてあったコートをはおり、腹のあたりまでボタンを閉める。
「様になってきましたな。」
「そう言えばターゲットのことを聴きそびれていたな、
恵治とは誰だ、そして俺はそいつにどうやられたんだ?」
「そやつは貴方が依然組織していた、
ならずものを集め起こした企業の元取締役で、今は会長に。」
「そうか。」
思い出してきた、俺は当時、地元の不良共をそこそこの金で集め事業を起こした。
確か東京だったかの中小企業の事業内容をそのままパクって。
だがある日取締役、と言っても社長から末端に至るまで現場人だったが
あいつ、髪を2分けにした男と意見が衝突した。
そしてあの男の謀略はとどまることを知らず、
いつしか俺は孤立し、
そしてある夜呼び出され後ろから頭を殴られた。
そしてそれでも力尽きなかった俺の、手足の筋肉、腱を斬られた。
「あいつが恵治か。」
「ようやく思い出されましたか。」
「ああ、俺はアイツにハメられた、いや、
俺があまりにも無謀過ぎたんだ。
当時、あいつの悪知恵の優秀さは俺が一番良く知っていたからな。」
「ですが、今のあなたなら恵治を殺せる。」
「なぜだ、なぜお主ではやれぬのだ。」
「私は老いすぎた。私が65だと言ったら驚きますかな?」
「ああ、そうなのか。」
体躯は完全にレスラー、いやボディビルダーに近い
首元より下ならば20代と言っても通じるだろう。
だがそれより上、首のしわと顔に刻まれた深い恩讐とでも形容すべき何かが
奴を70いや80代の老人に見せていた。
「私は筋力だかなら確かに必要条件を満たしておりますが、
戦闘、いや奇襲というのはそれだけではない。
俊敏性、反射能力など若い人間にしか出せぬものがありましょう。」
「だが。」
いや、確かにやられた本人である俺が一番分かっている。
今、こいつの話が本当だとして奴が35になっているとしたら
再び俺を襲い、あんな目に合わせるのは難しいだろう。
それはそうだが、そのためだけなら、なぜ俺に固執する?
「それでは参りましょう。外に車を止めてあります。」
「ああ。」
ワンボックスの自動車に乗り込む。
スゥー
いつの間にか加速している。
「音がしないのか。」
「ええ、あなたが寝ている10年で電気自動車が義務化されましてね。
ガソリン車を持てるのは一部の借金まみれの物好きか、金が余っている享楽者だけです。」
「税金か。」
「流石は元事業主ですな。」
「10年前と言ったな、当時も税金には驚かされた、
いや苦しめられ続けたからな。」
「ははは、今はもっと酷いですがね。」
「そうか。」
今も一昔前も変わらずこの国は税金という逃れられぬ枷を
国民に貸し、さらに社会福祉の低減に取り組んでいるのだろう。
「思うところが?」
ミラー越しにこっちを見てくる。
見返すとハンドルにも手をかけていない。
「おい!!」
「なんですか、これが何か?」
そう言ってバンザイをしてみせるが、
車は綺麗な曲線を描いてカーブする。
「自動運転か?」
「ええ、10年とは短いようで長い。」
こうしてとても緩やかな運転で街の中心部まで連れて行かれる。
「何だ、買い物でもするのか?」
「ええ、先ずはいくつか洗剤を揃えましょう。」
「大量の洗濯というわけではなさそうだな。」
「ええ、映画によくあるでしょう?」
「ふっ。」
こうして俺達は洗剤を売っている店舗を数十店周り、
同じ洗剤を3つ、4つずつ買った。
「帰りましょう、っといけない、私の食料がまだでした。」
そう言って地区に一件はあるような料亭と書かれた店に入り、
5分後に弁当箱を山積みに出てきた。
この男のやることは本当に底がしれんな。
「金は大丈夫なのか?」
「あなたは奴に復讐することだけ考えなされ。」
こうして俺は洗剤を押しのけて後ろに乗ることになり、
弁当の山は俺が座っていた助手席に堂々と仁王立ちするのだった。

アジトに戻った俺はまず小さめの弁当を1つ平らげる。
胃が小さくなっているのか不思議と腹がいっぱいだ。
「腹は満ちましたかな?」
「ああ、だがこれは胃が縮んでいるのか?」
「今のあなたに食事は必要ありませんから。
私の食料と言ったでしょう?」
あれはそういうことか。
やはり薄々気づいていたが、俺はもはや人間ではない、
直感的に分かる、元の俺の体は死んでいる。
「ああ、確かイタリアでやってた研究か。」
「いえ、そっちは全世界的な研究ではありましたよ。」
「そしてこちらは」
そう言って俺の腕を無理やり後ろ側に捻ろうとしている顔を真っ赤に踏ん張っているが
皮膚以外が全く動かない。
「私の研究成果です。」
「遂には人間をサイボーグ、いやもっと醜悪だな。」
「ええ、生物ではあるのです。」
「まぁいい、とにかくこれからやることを言え。」
「まずは洗剤で爆弾を作ります。」
「あのな、一応言っとくが、洗剤だけで作れるわけが。」
「必要なのはこれでしょう?」
そう言って10本の瓶の中には液体が満たされている。
なるほどな、こいつは本気だ。
「そちらは私が一人でやりますので、
あなたは川辺にでも言って体を動かしてきてください。
いざという時に腱や筋肉が釣ったら台無しですので。」
「分かった。」
そう言って俺は小屋を出て川辺に向かい、
軽く手足を動かしておく。
そして正拳突き、蹴りなどの基本的な打撃を反復する。
初動はめちゃくちゃに速い。
「終わりましたかな?」
「ああ、自分の体じゃないが、それ以上に馴染むよ。」
男はにっこりとまたあの子供が浮かべるような笑みを浮かべ
小屋に入っていった。
俺は再び反復をもう一周し、小屋に入る。
「実践というか、模擬戦はないのか?」
「それでは私が相手になりましょうか?」
「それならいらん。」
「そうそう、実行は明日です、今日は早めに寝ておくように。」
そう言うと男は奥の部屋に入って寝息を立て始めた。
バカな、まだ19時だろ。
それだけ朝は早いということか。
俺は傍にかけてあった毛布にくるまり横になる。
だが目覚めたばかりに俺も感覚以上につかれていたのか
そのまま眠ってしまう。

「起きてくださいよ。朝ですよ。」
そう言って起こされたが時計を見るとまだ5時だ。
ゆっくり起き上がるが寝起きにも関わらず起き上がった後には既に
交感神経優位というか普段のそれに戻っていた。
「これからすぐか?」
「そうなりますね、あやつが会社に入ってしまえば手も足も出ませんから。」
「あの大量の爆弾はどうした?」
「仕掛けて来ましたよ?」
「そうか。」
仕事の早い奴だ。
「それでは行くか?」
「ええ、ただこれを飲んで頂きましょう、寝起きですし。」
そう言って差し出されたメスフラスコに入った紫色の液体を飲み干す。
内容は分からないが、体の調子が1段いや2段高まった気がする。
昨日と同じワンボックスに乗り込み、
少し走る。
その後、路地裏の駐車場に止まる。
「やつがここを通るのか?」
「そうですね、
もし彼以外が通ろうとしたらこれで塞ぎましょう。」
そう言って差し出されたのは工事中という赤色のコーン
何というか古典的だな。
「っとか言ってる間に彼が来ましたよ。
車を降りて拳銃のセーフティーを外しておいてくださいね。」
「ゴクッ」
俺はつばを飲み込む。
男は髪型は変わっていたが、あの顔は忘れない、
こっちには気付いてない。
パッ
さっきの紫色の液体で五感も鋭くなっていた俺の耳には
ワイヤーが金具を外れる音が聞こえた。
その瞬間、
バアアアアアアアアアアアアアアアアッ
辺り一面に炎が広がる、その炎は奴の中心から同心円状に広がり、
ちょうど俺達の駐車場のみを逃げ口にした形で
道路を塞ぐ。
「これから先は頼みましたよ?」
「いや、終わってるだろ?」
当然だ、あんな燃焼反応の中で生きているやつは生物ですらない。
ゲシッ
「良いから早く、ホルスターから拳銃を抜いて奴の方へ向けておきなさい。」
俺は背中を蹴られ、仕方なくホルスターから拳銃を抜き、
ちょうど火だるまと呼ぶにふさわしいそれに銃口を向ける。
「グガガガッ」
声がしたのか?
まさか、本当に生きて?
「グガガガガッ!」
謎の奇声を上げながら、俺に向かって突進してくる、
炎をまとったまま。
効かないのか、初めから炎は人を通さないためだけにやったのか。
「何してる、早く撃て、頭だ!」
ドッドッドッドッドッドッ
男が叫ぶと同時にオートマリック拳銃が連射を始める。
そして地点はずれているが、全て銃弾がやつの頭部に向かう軌跡が見えた。
「グガッ」
火の塊はまた奇声を上げ、その場に倒れ込む。
銃弾は効くのか?
「まだです、離れなさい!」
俺はその声に従いさらに3mほど距離を取る。
ドンッ
背中が駐車場の壁にぶつかる。
「車の陰に!」
横に止めてあった車の陰に隠れる。
「グガガガガアアアアアアア」
今度は音にすらならない、何かを発しながら
炎をまとっていた皮膚片らしきものを飛ばしてくる。
そしてあの男が全裸でしゃがみこんでいる、
頭のさっき撃った弾痕から致死量と思われる血を流しながらも生きている。
やはり人間ではない。こいつも俺と同じ。
「それではさらばだ。」
パパパパッ
いつの間にか飛び出していたあの男が
続けざまに銃を連射する、今度は心臓に。
「貴様は俺に任せると!」
「そうせくな、俺はまだ死んではいない。」
元々恵治だった男が初めて口を開く。
「お前はこの男に何を吹き込まれたかは知らんが、
その男の正体を知っているのか?」
「黙れ!!黙れ!!!!」
パパパパッ!
銃声と怒号の中でもはっきり聞き取れた。
そいつがお前が事業をパクった事業主だ。と。
「おい、本当なのか。あんたが。」
「ああ、聞こえたか、私の薬が優秀過ぎる故な、
だがそんなことは問題ではない、
貴様の時代はそもそも全国的な規模ではなかったからな。
問題はこの男だ。こいつと来たら私の会社を!!」
そう言うとマガジンを入れ替え再び連射する、
今度は頭へ。
俺は走っていき、
男を無理やり張り倒す。
そして恵治に銃口を突きつける。
「恵治、どういうことだ。」
「俺も、お前もその老獪に踊らされこんな茶番を演じたのだ。
俺に貴様と同じ施術を施したのも奴だった、だが奴は姿を消した。」
「じゃあ、何もかもか?あの記憶も、俺がお前に斬られた記憶も。
全部偽物だったっていうのかよ!」
恵治がうなずきはしないが、これは否定していない。
ということは全てが奴の手の上だった。
パンッ
後ろから乾いた銃声が響き、
俺の心臓が急に鼓動を弱め始める。
「なぜ、やつの言うことを信じる。
私が救ったのだ。
私が全てを与えたのだ。」
「ウォォォォッ!!」
止まりかける心臓に抗うかのように
奴の首を締め上げる。
「ググッ」
苦しそうな顔だ、それに目も白目を向いている。
もうひと押し!
ググッと力を込める。
やつはぐったりと力なく倒れ込む。
「やったぞ、恵治俺は、俺は。」
「バカ、後ろだ。」
死に際に放った一言だったが遅かった。
振り返ると血走った目と
異常に肥大化した左腕に握られたナイフ
シュパッ
俺の首の動脈、静脈を次々を切断していき骨で止まる。
そこで俺の意識は途絶えた。
「今回の実験も失敗か。」
その声が最後に頭にこだましていた。

ナレーター「これはドクターの実験のほんの一部に過ぎない、今回もまたドクターの実験の成果物が増えた。だがモルモットである彼らも脳がないわけではない。少しずつ進化し適応する、まるで螺旋階段を登るかのように、いつの日か彼らが噛み付ける日が来ると信じて。」

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筋坊主

物語100連発 改

物語の体操より薫陶を賜りました。 僕が考える楽しい物語を書いていきます。 いいねorコメントをよろしくお願いします!
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