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莞然

 こどもの頃、果物の種を飲んでしまって眠れなかったことがあります。思い当たる節がある方はたくさんおられることでしょう。いつの間にか気にならなくなったようですが、今も自然と種は飲みこまないようにします。

 もう飲みこんでしまったところで眠れない夜を過ごすなんてことにはならないですが「あ、発芽しちまうな」なんて真顔で言ったりするかもしれません。すると傍の友人が「実がなるのは秋だねぇ」なんて相槌を打ったり。

 「それは楽しみだな」と会話をつなぐと聞き耳を立てていた隣の方が驚いた顔をします。その方が帰宅し家族に報告すると「一杯食わされたね」と大笑いされ唖然としつつも何だかとてもしあわせな気分になったりします。

 共に語源が "Hap" という「好機」や「幸運」を意味する古ノルド語であることを知り "Happiness happens (しあわせはめぐりあわせ)" なんてことを書いたことがあります。不意に訪れる仕合わせは何とも不思議なものです。

 すべての自然現象は、人間によって説明され、世に不思議なものは何一つないと思っている人の顔も味気ない。私は、虹のかけ橋のたもとには宝が埋まっているそうだというと、裸馬に跨って走っていった農夫や、河童を見たという樵夫と知り合ったことが今更のように嬉しい——「逃げる水」

『自然の断章 (1978)』 串田孫一