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「夢のお告げ」

 昭和33年の初任給を調べたら、およそ12000円らしい。同年の『アルプ』創刊号の価格は80円。池内紀氏が『ちいさな桃源郷』という本で、その価格の目安として、都電は12円だったと書いている。「高価だった」と伝えたいのだろうが、ピンとこない。現在の初任給を20万とすると「80円」は感覚的に今の1500円くらいか。いや、別に価格の話をしたいわけではないのだが、目にしたので少し興味が湧いただけの話。山口耀久氏の「『アルプ』の時代」という本を読んだ。

「アルプ」が次世代へ語り継ぐもの—— 山を思索の場とし、とぎすまされた感性を結集した山の文芸誌「アルプ」も、1983年、自らの意思で300号をもって終刊した。創刊当初から本誌の編集に深く係わってきた山口耀久氏が、25年にわたるその歴史を振り返り、渾身の力をこめて「時代」を綴る -「アルプ」の時代 帯文

 裏の帯では「終刊」の必然性について語られているが、その理由はさほど追求されていない。ひと言でいうと「時代」が変わったということ。そして、その変わった時代に無理して合わすことなく終刊させたということだろうか。山の本は読むが、山の雑誌は買ったことがない。山の本にしても、思い浮かぶのは、辻まこと氏と串田孫一氏、それに、上田哲農氏くらいなもの。その三者について「『アルプ』の時代」で多くの頁が割かれているのが、読了できた理由かもしれない。

 「アルプ」創刊の理由として「創文社の久保井社長が、山の雑誌をやりたいと言ってきたんです。夢のお告げがあったというんですね」と串田氏は語っているが「夢のお告げ」ではないことを山口氏は明らかにしている。しかし、串田氏が「夢のお告げ」としてこその「アルプ」ではなかろうか。辻氏と串田氏の著作を読んでいると「表現こそかけ離れてはいるものの同一人物なのではないか」とふと思うのである。「現」担当は辻氏、「夢」は串田氏。上田氏は夢現の彼方か。

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※見出し画像は「『アルプ』の時代」の表紙。版画は「大谷一良」作。