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「樹木の素質」 河井醉茗

五世紀以前の樹木も
十世紀以前の樹木も
今、われわれの眼の前に立つてゐる

それぞれの樹が具有てゐる
幹の繊維も、葉の緑素も
変つたのではないが
なんと、樹木の全貌がよくなつたことだろう

木末の伸び方、木の枝ぶり
すつかり異つてしまった
どの樹も、この樹も、
均整のとれたいゝ形をしてゐる

嘗て幾百年の前には
雨雲風雪と闘ひつづけた
荒武者であつたが

花より実に、実より花にと
伝はり伝はりしている間に
樹木の素質はすっかりよくなった

そして、彼らの群は
時代の諸相を素朴に感受し、黙契し、
成るがままに
絶えず形を整へてゐる

 どんなに巨大に成長する樹木も、必要とするのは光と水、それに、空気とミネラルだけだそうだ。道端の小さな種も、屋久杉も変わらないということになる。ふと心に浮かんだことなので、深入りはしない、また、できるほどの知識はない。

 そういえば、串田孫一さんが編んだ詩集があったな、そして、その中には「樹」編があったはずと思い、紐解いてみた。上記はそこから選んだ詩である。原文に太字はないが、太字部分だけにしようと思ったが全文を書き写すことにした。

 樹木の話のようでも、希いのこもった「人類」の話のようでもある。「ゆづり葉」という作品で、河井さんは「ひとりでにいのちは延びる。鳥のやうにうたひ、花のやうに笑つてゐる間に気が附いてきます」と子供達へ向けて語っている。

 山に行くと「巨木」に目が行く。そして、根元から空を見上げる。陽に向かい、両手を広げるように、枝を伸ばしている。元はといえば種だったのだ。その種は大きな夢を見ていたのだ。傍で、小さな樹木が風もないのに葉を揺らせている。

IMG_6402のコピー
なんとも秀逸なデザイン (1964年発行)