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フヴェルゲルミル伝承記 -1.5.5「仕掛け部屋のその先に」

はじめに

 さて、イルムガルトサイドです。
 少しゲームチックな描写を意識してみました。

 では、どうぞ。

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第1章 第5話
第5節「仕掛け部屋のその先に」

ヴィズル達がラーナと接触する数刻前。

イルムガルトが砦の中を歩く。
彼女の背後に苦しみ呻き、のた打ち回る魔物の姿。
その全てに二本線の傷が付けられている。
相手が生き物ならば、実質的に一撃で死に至る必殺の刃。
彼女が恐れられている理由の一つ。

途中の扉を開けると、狼型の魔物が飛び出す。
イルムガルトが身を翻してかわす。
かわしざまに、狼の体に傷を付け、中を覗く。

「全滅か……」

 室内の人間は全て食い荒らされていた。
 扉を閉じて、バツ印をつけ、印の右上に一本の線を引いた。
 帝国と教会が定めた室内救助に用いられる記号だ。
 バツ印は探索済みの証、その四方に線を引く事で、簡易的なメッセージを残せるようになっている。
 ちなみに今回イルムガルトが残したのは、室内の生存者がいない。つまり全滅を指している事になる。
 こうすれば、扉の中で物音がした場合、中にいるのが探索後に入り込んだ侵入者、今回の場合は魔物であるという判断が出来るのだ。

 イルムガルトはこうして次々と室内を調べつつ、砦の司令室に向かう。
 一階は全滅だった。
 階段を上り、二階に向かう。
 二階は壁で囲まれており、進む廊下も上る階段も見当たらない。

「『仕掛け』が作動してる……」

 この第三砦は防壁に特化したつくりになっており、壁が通路をふさぐ仕掛けが無数にある。
 いくつかは襲撃でだめになっているようだが、砦の心臓部である司令室はまだまだ機能が万全のようだ。
 これなら司令部近くの人間は無事だろう。
 イルムガルトは水晶を取り出し、アルフに話しかける。

「アルフ」

「うぉっ、何だよ!いきなり、危ないだろ!?」

 視覚、聴覚の共有がいきなり行われ、危うく魔物の一撃をくらいそうになるアルフ。
 アルフが現在戦っているのは巨大なモグラ型の魔物だ。
 その爪先がアルフの前髪を掠める。
 視界を共有しているのでビジョンがイルムガルトにも見える。
 
「だから、慣れておきなさいって言ったでしょ」

「だから、無茶言うなっていってんだろ!?」

「とにかく。ルネをこっちによこして」

「わ、わかった、早く通信を切ってくれ……うぉっ!?」

「あ、あとちゃんとこっちでは私の言う事聞くように指示出しておいてよ」

「わかったから、早く切れ!!」

「はいはい」

 イルムガルトは水晶をしまう。
 視界は戻り、アルフの声は聞こえなくなる。

「ふぅ……やっぱり脳への負荷が強いわね」

 イルムガルトは壁に手を付いてふらつきを抑える。

(にしても、凄い魔法ね。戦略として申し分ないし、拷問のときも……)

 そこまで考え、イルムガルトは咄嗟に頭を振った。

(いけないわね。すぐにそっちに思考がいってしまう……職業病かしらね……)

 イルムガルトの前に魔方陣が展開され、ルネが現れる。

「代理より指示を受けるようにオーダーがありました。指示をお願いします」

「私をこの壁の向こう側に送ってくれる?そしたらアルフの所に戻って良いわ」

「了解。個体名『イルムガルト』の転送を開始します」

 ルネが魔方陣を展開し、イルムガルトを壁の向こう側に飛ばす。


 壁の向こう側を通り抜けたイルムガルトは長い通路を先に進む。

「相変わらずこの砦は迷宮《ダンジョン》じみてるわね」

 イルムガルトの視線の先は相変わらず何もない通路。
 左側には扉が見える。
 しかし、イルムガルトは知っている。
 この先の道は幻影魔法と仕掛け床による連続の落とし穴が続く廊下。運よくそこを突破できたとしても、その先は騙し絵が描かれた壁があるだけで、その壁に触れればたちまち天井が落ちてくる事を。
 イルムガルトは右の部屋に入る。扉は壁と同じ模様でカモフラージュされているが、よく見れば扉の切れ込みで見分けられるようになっていた。もっとも、はじめから知っている人間か、神経質過ぎる人間しか見分けられないだろう。
 イルムガルトは知っている。
 目に見える左の扉は罠であることを。

 扉の中に入ると、小さな小部屋だった。
 部屋の中には本棚が一つ、棚の横には砦の位置が描かれた世界地図が乗せてある。
 世界地図には砦の三箇所に丸でそれぞれ記しが付けられていた。
 机上に三冊の本が積み重なっておいてあり、本の上にメモが乗っかっている。

『相応しい場所に戻せ』

 そのメモを眺め、イルムガルトはため息をつく。

(あの子の発案かしら……全く……)

 イルムガルトは本と棚を確認する。

 机の上の三冊の本はそれぞれ装飾の色が異なり数字とタイトル、著者が描かれている。
 第一の赤本『叡智の写本 著:ハーヴィ』
 第二の青本『黄泉への旅路 著:モーズグズ』
 第三の黄本『運命の糸 著:ノルニル』

 三段に分かれた本棚はそれぞれに空きが一つ。
 棚にもそれぞれ色分けと見出しが付いている
 上段(黄色)『ミーミスブルン』
 中段(赤色)『ウルザブルン』
 下段(青色)『フヴェルゲルミル』



「こんなの、クイズじゃなくて知識テストじゃないの……」

「ハーヴィはオーディン。オーディンはミミルの泉でその右目を捧げ叡智を得た」

 第一の赤の本を棚の上段に差し込む。

「モーズグズは冥界の橋の番人。黄泉《めいかい》への道を示す。冥界にはフヴェルゲルミルの泉。かの住人は罪人を苛む」

 第二の青の本を他なの下段に差し込む。

「ノルニルは運命の女神の総称。彼女らはウルドの泉のほとりでユグドラシルを世話する」

 第三の黄の本を棚の中断に差し込む。

 ガコンと音がし、扉が閉まる。

「趣味が悪い」

 イルムガルトは地図を見て、本を見る。
 そして、棚を見て数字を確認する。
 上から、一、三、二……
 地図の一番上の砦を押すと、スイッチを押すような感触が返ってくる。
 続いて一番下の砦、最後に真ん中の砦と続けて押す。

 カチリと音が鳴った。

「開いたみたいね」

 イルムガルトはそう言って部屋を出た。
 出た所は見た目何も変わった様子はない。
 イルムガルトは躊躇わず正面の扉に入る。
 扉の先は長い廊下が続いていた。

「どうやら通れるようね」

 イルムガルトは再びため息をつく。

「こんな仕掛けは第二砦の役割でしょうに……」

 そう言って砦の奥に進む。

「だ、誰だ!?」

「教会のイルムガルトです。司令室に用があるので通していただけますか?」

「い、イルムガルト様!? し、失礼しました!!」

「あの子……トルデリーゼはこちらにいますか?」

「トルデリーゼ様でしたら司令室で我らの指揮をして下さっています!」

「ありがとう」

「は!」

 イルムガルトは階段を上がり、司令室に入る。
 室内には巨大なバケモノのような白い手が一人の少女を掴んでいる姿があった。

「リーゼ。どう?」

「姉さん!?」

 リーゼと呼ばれた少女は彼女を掴んだその手ごとイルムガルトの方に振り向いた。
 その少女の袖が、長いスカートが遠心力に任せて、たなびいた。その袖には、スカートには身体が入ってなかった。
 少女には四肢が無い。随分昔に無くしていた。
 そんな少女、リーゼこと、トルデリーゼはイルムガルトの妹だ。
 フォルナール三姉妹の三女で、イルムガルト同様に教会の中枢を担っている。

 トルデリーゼはイルムガルトの登場に驚くもすぐに調子を戻して話を進める。

「どうもこうもありませんよ。何とかここまで持ち直せた所です。次の手を打とうにもあの『輝く災い《ブリーキンダ・ベル》』が厄介すぎます」

「珍しいわね。アナタがそこまで言うなんて」

「いえ、問題は彼らが今まで以上に戦略・戦術面に長けている事です。こちらの穴が悉《ことごと》く突かれている。今までの力押しとは全く違う……おそらく、彼らの中に優秀な『参謀』がいるはずです」

「何とか第二砦まで奪還できれば……」

「なるほど……」

「アルフ、聞こえたわね」

「ああ、クソッ!いつまで接続し続けているんだ!いい加減慣れてきちまったじゃねーか!!」

 イルムガルトは部屋に入る前に水晶でアルフにつなげていた。

「あら、良かったじゃない」

「で、第二砦まで突っ切ればいいのか!?」

「ええ、お願い」

「姉さん、誰と話しているのですか?」

「丁度良い魔道具が手に入ってね。『仲間』に作戦を伝えた所よ」

「! 仲間、ですか……」

「ええ、『仲間』」

「まあ、良いでしょう。砦さえ奪還できれば……」

「デハ、ソノ前ニ……、君、達ヲ 殲、滅、シヨう……」

 彼女らの背後から、まるで風船に穴を開けたような息の抜ける掠れた声が聞こえてきた。

 イルムガルト達が振り返るとその先に、マスクをした貴族風の男が立っていた。

「私ハ、『輝く災い《ブリーキンダ・ベル》』ガ……、一、柱『フス・レヴル』。以、後……オ見、知り、おキヲ……」

 マスクをした男はそう名乗った。

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