フヴェルゲルミル伝承記 -1.5.1「月夜駆け戦場へ」
はじめに
今回からトロイア攻防戦です。
(トロイアといってもギリシャのトロイアとは関係ありません。由来はエッダのギュルヴィたぶらかしよりトロイアというアースガルズの別名(?)の砦)
では、どうぞ。
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第1章 第5話
第1節「月夜駆け戦場へ」
馬車が月明かりに照らされた夜の街道を駆ける。
「ナナ、ここからは地獄よ。本当に良いの?」
「う、うん。手当ぐらいなら、何とか出来るから」
アルフ達6人は兵士から話を聞いて、急ぎトロイアの砦へと向かっていた。
逃げる者はいなかった。
イルムガルトは教会の人間だ。戦闘中だけというならいざ知らず、トロイアの砦が陥落したという情報を聞けば、動かないわけには行かない。
「トロイアの第二防壁までが陥落……第三防壁内で迎撃戦闘中。確かに事実上の陥落ね」
「たしか、兵士の話によると、教会の人間が第三防壁で持ち応えているんだっけ」
「ええ、おそらく、あの子でしょうね。彼女がいるなら、しばらくは持ち応えられるはずよ」
「彼女?知り合いなのか」
「ええ、というより……」
「にしても、教会が出張っているってーのに、帝国ご自慢の防衛網とやらもだらしねぇな」
ヴィズルが悪態をつく声が聞こえる。
本人は小声のつもりだろうが、異端審問を生業にするイルムガルトには普通に聞き取れた。
「ヴィズル、人事じゃないわよ」
「おっと、聞こえちまったか。悪ぃな」
「私達はこれから、四体のブリーキンダ・ベルと戦うんだから、気を抜かないで」
ヴィズルが噴出した。
「ちょ、ちょっと待て!四体って全員じゃねーか!?」
「そうよ。ローザがあの村《リンネル》にいた事や砦の陥落速度。あの子がいながら、奪還まで至らないこの現状。これらの事から、ブリーキンダ・ベルの全員。またはそれに匹敵する戦力がいると思った方が良いわ」
沈黙が辺りを支配する。
ごとごと、と馬車の揺れる音だけが響く。
「結局ルートはトロイアだな」
重い沈黙を破ろうとアルフが話題を振る。
「別に寄り道が増えるだけよ。今回の目的はトロイアの奪還。第一砦まで奪還完了次第私達は従来のルートでナーストレンドを目指す」
「そのまま突っ切らねぇのか?」
「危険すぎる。取り戻せたとしても、あそこは激戦区よ。山脈を越えるまで体力がもたないわ」
「まあ、俺としてはイルについて行くだけだが」
アルフは傭兵だ。戦場こそが彼の立つべき場所で、逃げる道理が無い。それに、どの道イルムガルトに付いて行くより他に選択肢はないのである。
ただ、今のイルムガルトは表情や姿勢は普段どおりだが、何処となく焦っている……というより思いつめているようにアルフには感じられていた。
「イル。無茶はするなよ?」
「それはこっちに言った方が良いんじゃないかしら?」
イルムガルトはユミリアを指す。
ユミリアはもとより外れる事など選択肢にない。圧倒的不利な戦いこそ、彼女の望む所なのだ。
ルネはただ、ただユミリアについていくだけといったスタンスだ。
ユミリアはイルムガルトとは対照的に何処となく楽しげな雰囲気だ。
この重っ苦しい雰囲気など気にもしていない。
「ユミリア、暴走すんなよ」
「そりゃ無理」
「即答かよ!建前だけでも肯定しろよ!」
「してどうすんだよ?混乱するだけだろうに。むしろ、暴走前提でボクを突っ込ませるのが定石だろ?」
「自分で言うか?」
「そりゃ、取り繕う気無いし」
「あっそ」
「って、事で突っ込むから、巻き込まれないように」
「わかったよ。お前は自由に切り込んで砦の突破口を開けてくれ」
「そうそう。それでいいんだよ」
残りのメンバーだが、驚くべき事に二人ともあっさり付いて行く事に了承した。
ナナは元からアルフ達についてくる事を望んでいたし、ゲムルでユミリアの訓練も受けた。
おそらく、そこにナナの姉リンがいる事も心のどこかで確信しているのだろう。
イルムガルトが再三、残るよう説得してもナナは頑なに譲らなかった。
「もう一度聞くけど、引き返す気は無い?」
ナナは首を横に振る。
「わ、私も怪我の手当てくらいならできます。中で人がたくさん怪我してると思うから、皆さんのお役に立てると思います」
イルムガルトはため息をつく。
「わかったわ。でも、トロイアではアナタを守るにも限界がある。可能な限り自分の身は自分で守りなさい」
「大丈夫、坊は意外と素質あると思うよ。ゲムルで人一倍シゴイたが、他の奴等と違って一切音を上げなかったからな」
「へぇ、凄いなナナ」
そう言ってアルフがナナの頭を撫でる。
「へへ」
ナナも褒められて満更でもなさそうにされるがままにされていた。
ヴィズルもなんら抵抗もなく死地へ赴くのに賛成していた。
「お前も、よく付いてくる気になったよな」
「帝国がピンチなのに、逃げるとあっちゃ冒険者として失格よ」
「うさんくせぇ。さっきは帝国の防衛網を馬鹿にしてたじゃねーか」
「そりゃ、んなあっさり人類を守る砦が陥落したら、失望もするだろうよ」
「それで、ブリーキンダ・ベルに腰抜かしてたら世話ないわね」
「ば、バカヤロウ!こ、腰なんか抜かしてねぇよ!バッチリ活躍してやるから見てろってんだ!」
「まあ、戦力になる以上は期待してるわよ」
「お、おう」
「さて、無駄口はここまでにしましょう。降りるわよ」
馬車を止め、アルフ達が降りると、そこは小高い岡の上だった。
遠くに見えるはずの砦は夜の為か、よく分からない。
しかし、下方に火の手が見える。
魔物の集団が砦に押し寄せているのが分かる。
「これは……」
「あれがローザの言う挟撃作戦ね。撤退はブラフだったか……」
「お姉ちゃん……」
「人間側でこれかよ……もう間に合わねーんじゃ……」
「時間が問題なのは確かだけど、まだ間に合うはずよ」
「……」
「? おね……ユミリアさん?」
ナナがユミリアの異変に気付いた。
ユミリアは顔を押さえ、体を小刻みに震えさせている。
何かを我慢しているような姿だった。
「ふ、クク……」
「了承。臨戦態勢に入ります。ユミリア、指示を」
「コイツ等と共に砦の奪還……当面の指揮はアルフに従え」
「は?」
「承認。アルフを指揮代理と認めます」
「お、おい、何が……」
「ふ、ヒヒ、ィ、イイ、ィイイタい……いたイ、痛イ、痛いなァ、アハ、アハ、アハハ」
ユミリアが手首を掻き毟ると、痕は広がり、肉が裂ける。
そこから、血がポタポタと流れ落ち、勢いを増し、滝のように溢れてくる。
流れ落ちる血液を掴むとソレは形を変え、刀のような剣を形作る。
「アぁ、もうダメだぁ……!」
ユミリアが大地を蹴る。
突風のような衝撃波がアルフ達を叩く。
「お、おい、お前……!」
「もう、敵に突っ込んで行ったわよ」
「ああ、クソ、あの突貫娘!!」
「お、おい、あの嬢ちゃん大丈夫なのかよ。いろんな意味で」
「ユミリアさん……」
アルフ達もユミリアを追う形で戦場に突撃を開始する。
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