坂道を上って

私はいま、九州のある都市にいる。
海と山に囲まれた、坂道のある街。
路面電車のある風景。

夜景を観るために坂道を歩きながら、
『今日着いてから、自転車見かけましたか?』
と、案内してくれた年上の友人に訊かれて、そういえば1台も見ていないことに気付く。

坂が多過ぎて、この街の若者は自転車には乗らないという。
高校生くらいだと自転車通学がごく普通にありそうだけれど(かつて私もそうだった)、みんな自転車には乗らないのだそうだ。
だから、駐輪場も見かけない。
自転車屋さんは、そもそも街に無い。


昨日の昼、友人との待ち合わせの前に坂道を上った先にある教会を訪ねた。
こんな時期だからなのか、メインの観光地と逆方面だからなのか、教会の中は私の他に誰も居なかった。
青が特徴的なステンドグラスを通して、光が差し込んでいる。
この青の色をマリアブルーと言うのだと、その後訪問した中学校で教えて貰った。

祭壇の前で、祈る。
神社やお寺だと、どうしても何かお願い事をしたくなってしまうけれど、不思議と教会では祈るだけ。
家族や大切な人たちが、いつも幸せであるように。


この街では、朝晩少し霧が出る。
サンフランシスコの街を思い出す。
だんだんと明けていく空を見ながら、早朝また坂道を上って祈りの丘へ向かう。

心がこんなに穏やかなのは、いつ振りだろう。
昨日空港に降りてからも、まだ少し心はザワザワしていたのだ。
坂道を上るたびに、色んなものが削ぎ落とされて、心がどんどん穏やかになってゆく。

東京を出る時に、もう一度読もうと『マチネの終わりに』をバッグに入れてきた。
そういえば、洋子の実家は坂の上の海が見える高台で、ちょうどこんな風景だったと坂道の天辺で思い出す。

平和のこと、これからの人生のこと、大切な人たちのこと。
映画を観た時から全て繋がっていたのだ、と思う。
この街を旅先に選んだことも。

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