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75度

夏休みに、古典を学ぶ子供たちもいるでしょうか。徒然草、枕草子、世間胸算用など、文字や挿絵でイメージしながら、遠い過去の話を読むのはとても興味深く、高校生の頃はいつも古典の本を持ち歩いていました。
大人になると、時代とともに人は賢くなるどころか、何も学んでいない、あるいは知っているけど、行動は変わらないと感じる機会も多くあります。



電力供給設備

電力会社での電気設備ばかりを見てきた経験の延長線上として、太陽光発電が一般化し始めた頃の電気設備を見ていました。小さいとはいえ発電設備、電気を作る仕事、完成する仕事をするのですから、きちっとした設備を設計し、施工するのが当たり前だと思っていました。

簡単な材料と施工

ところが、一般の中小企業での対応をいろいろ見ていきますと、だんだん安い設備を作ろうとします。基礎も簡単になり、架台も単純な単管などの組み合わせで完成させています。しかし、「これで持つのですか」と言っても、「壊れたらまた直すからいいのだ」と言われます。

施工する方も同じです。きちっと施工していくと時間がかかりますから、できるだけ手間がかからないように手を抜きます。どれほどパネルがきちっと止まっているのか、基礎と一体になっているのか。そもそも基礎は、どれほどの風に耐えられるように作ってあるのでしょうか。非常に危なっかしそうな設備をよく目にするようになりました。

一度、そういう風な形で作りますと、次はさらにもっと儲けようとする、もっと安くしようとします。交渉の結果、建設コストが下がるのであればいいのですけれども、安い設備は、部材が弱い、あるいは部材の点数が少ないことを示している場合が多く、土木工事も電気工事も、理屈がつけばできるだけ安く作ろうとします。
このことから「世間胸算用」の中の「足きり八助」の話を思い出します。

そうしたことから災害につながった事例もあり、行政は今年度から、保安規律の適正化として電気的、構造的な適正化にも注意を払うようになりました。

保安規律の適正化


6本足のタコ

「8本あるタコの足一本ぐらい切ってもわからないだろう」ということで、一本切って7本を基準にして、さらに、もう一本切ればもっと儲かるのじゃないかという風になります。

そして、こうして品質が低下していき、地中の基礎からコンクリートの強度、電気の施工、配線まで、すべてが安物になります。皆が少しずつ手を抜いて品質を落とすことになります。これで完成した電気設備が台風や強風に煽られたり、雨がたくさん降った場合、崩れたり、飛ばされたりするのは当然のこととなってしまいます。足切り弥助は、いつの世も生き続けているように思えます。

井原西鶴

『世間胸算用』は、井原西鶴作の浮世草子で、元禄5年(1692年)に刊行されたと言いますから、330年も前のお話です。(一部略して掲載します)

この二十四、五年も奈良通いする魚屋があって、いつでも売り物はただ一品に決めて、蛸よりほかに売ることはなかった。
それゆえ、後には「蛸売りの八助」と言えば、見知らぬ人もなくそれぞれ常得意もできて、楽に家族三人が暮らしていけた。
けれども大晦日に銭五百文を残して、一度も年越しをしたことがない。

この男がはじめて奈良通いした時から今日まで、蛸の足は日本国中どこでも八本に決まっているのを、一本ずつ切って足七本にして売ったが、誰もこれに気がつかないで買っていた。
切ったその足だけを、決まって買うものが松原の煮売屋の中にあった。

本当に恐ろしいのは人の心である。
「物には七十五度」という諺の通りに、悪事は必ず路頭する時節がある。この年末に足を二本ずつ切って六本にして、いそがしまぎれに売っていたら、これで詮索する人もなく、あちこち行商したが、

手貝の町の中ほどに、表に菱垣してある家に呼び込まれ、蛸二杯売って出ようとした時、坊主頭の隠居親仁がじろりと見て、碁を打つのをやめて出てきて「何だか裾の方が物足りない蛸だな」と言って、足のたりないのを詮索しだし、

「これはどこの海で獲れた蛸だ。足の六本ずつある蛸は、神代以来何の書にも見えないものだ。気の毒に、今まで奈良中の者が、すっかりだまされていたであろう。魚屋、顔を覚えたぞ」と、罵ると
「あなたのような大晦日に碁を打っている所では売らぬ」と、口論して帰って行った。

その後、誰が噂するともなく世間に広まって、何といっても狭い奈良という場所柄、隅から隅まで、「足切り八助」と評判にされて、一生の暮らしの種が上がったりになったのは自分の心がけの悪さが原因である。


悪い行為で利益を得ると、途中で止まったり、引き返したりできない。
さらに、その行為を基準に、エスカレートする、だから「本当に恐ろしいのは人の心である。」と言っている。300年経っても、なんと同じようなニュースが多いこと。
冒頭には、中小企業と書きましたが、大企業になった経営者や、大企業の役員まで、八助の多いこと。

情報化時代に生かす現場力: 知恵と経験が織りなす暗黙の叡智

30年以上の電力業務・太陽光発電経験から学びをまとめた本。技術職に限らず、折衝の達人等の事例等も記載。現場で培われた経験知を共有し、将来に繋げる一助となることを期待したい。


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