#2 堕落編

 私、余、僕(やつがれ)は、世界を燃やすことにした。

 そこまではよかったのだが、じゃあ火をつけてまわるのか、といえばそういうわけではない。

 なぜなら、昔こそ火の海、というのは木造建築物が多かったがゆえに果たすことができたものの、現代の日本はコンクリート建築が非常に多く、なかなか燃えないからである。

 ではそんじゅうそこらの人間の衣服に火をつけるのか、というと、なるほど、一種衣服からの、衣服を着せられる現世からの開放、ということではそのへんの人に火をつけ、御所を処女の死体で、下鴨を老人の死体で埋める、などということも可能かもしれないが、単純に連鎖が可能かというようなことを考えると、なかなか難しい。

 と、そのように思う中で、一つ思い当たる場所が存在した。

 なるほどなるほど、わはは、と笑いながらその前にお腹がすいていたのでスーパーに向かうことにした。

 家族がひしめいていた。ガキがわあわあと爆笑して白目を剝きながら爆走していた。赤子が爆裂していた。焼き芋焼き機からは爆音が響いていた。

 すでにそこは地獄だったが、私はライターと自決用の豆腐を購入。と、そこで奇妙な服を見かけた。

 そこにあったTシャツは胸元に「ARMY」と描かれている。

 敵、である。おほほ、これは今からの私にぴったり。自らを敵と名乗る男に襲われたところで、自分は一般人ではないですよ、敵ですよ、と意思表示しているにもかかわらず、反撃しないほうが馬鹿、アホなどと言いちらすことができる。これは一種、服で束縛する世間へ対する反撃である。だって意思表示だからね。

 私はその布をかごにぶちこんで、いくばくかの小銭を渡し、すべからく、すべての人の敵となったのであった。

 この白いTシャツを血で染めてやるのだよ、とうそぶきながら自転車を爆走させ、最も連鎖して人を殺しやすいと判断した、カップルが等間隔で並んでいる鴨川へと向かった。

 鴨川デルタを見回すと、いるわいるわ、やんちゃに川ではしゃぐ学生、三角ずわりして体をひっつけあい、蚊に血液を明け渡している男、女。

 完全なるARMYとなった私にとって、不足はない光景が広がっていた。

 「全員、殺す」

 そう言ってスロープを自転車でだだだだっと駆け下りると、なにやらぴかぴかさせながら走りくるおっさんがいた。

 ランニングのおっさんだった。

 ランニングのおっさんは、暗闇でも識別しやすいようにぴかぴかさせながら暴走、ふくらはぎとかを鍛えてなかなか死なないようにして、年金をたっぷり貰おうという算段だろう。金、金、金とにやにやしながら去っていった。

 私は、ああいう人間がめちゃくちゃにアルマーニなどのブランド服を購入。若き頃に果たせなかった貧民の記憶をそのままに、適度にリッチ、そんな生活をして、目をひん剥きながら労働者が働いた金を赤子がしょんべんを撒き散らすように使ってげらげら笑っているのだろう。

 許せんなあ、と思いながら去りゆくぴかぴかを観ながらふと、思ったのだが、炎というのはぴかぴかしているのであって、普通になかなかばれないように近づくってのはできないんじゃないかな、と思った。

 私としたことが、おちゃめだった。

 刺殺とかも考えたけど、それだと通り魔になっちゃって、メッセージ性がなくなっちゃうしなあ。どうしようかと思ってるうちにカップルがあらゆるところをボリボリ掻きながら去っていって、私はひとり、なにか思いつかないかなあ、と、マッチ売りの少女のセンチメンタルに沈みながら、ライターをぱっちんとつけたのだった。

頼む!!!!!!!!!!