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映画:「バベットの晩餐会」

デンマークにて制作された、この心洗われる映画は、AmazonPrimeでは
長いこと「このタイトルは現在ご利用いただけません」と表示されていて、視聴できませんでした。最近それが、HDニューマスター版として再掲され、現在は(プライム会員は)無料で視聴可能となっています。

この映画を初めて見たのは、1990年代初頭。すぐにマイ・ベスト・セレクションの一つとなり、以来、何度も視聴していますが、なぜ好きなのかを
文字にすることが極めて困難でした。私スピンは文章表現にはまるで向いていないということを明らかに示してくれるのがこの映画だと思っています。

映画は、20世紀のデンマークを代表する小説家カレン・ブリクセンの同名小説を映画化したもので、同年のアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞しています。主人公バベットを演じたステファーヌ・オードランはフランス・ヴェルサイユ出身の女優さんで、ヨーロッパ各国で表彰された名女優でした。


さて、映画の舞台は、19世紀初頭の北欧デンマーク。
ルター派の教会に寄り添う、草木すら乏しい海辺にへばりついている20軒に満たない寒村に、マーティーネとフィリパという美しい姉妹が住み、牧師であった彼女らの父の亡き後、かすかな信仰に生きる村人たちへの食事を届ける奉仕の毎日を送っていました。

若いころの姉妹は美しく、結婚の申し込みは引きも切らなかったのですが、その度に、求婚者たちは、牧師の父に「娘も自分も神への信仰のために生きている」とはねつけられ、つれなく追い返されていました。
それでも、姉妹それぞれに、忘れがたい思い出として秘めている恋人がいました。

姉マーティーネの美しさに囚われたスゥエーデン王国の騎兵隊のローレンス・レーヴェンイェルム大尉は、教会での祈りの集いに参加し始めますが、
牧師であるマーティーネの父が語る理想の教義「慈悲と真心」にそぐわない自分を恥じ、教会から身を引き、軍務に没頭することを誓ったのでした。

また、パリの音楽界の寵児であったアシール・パパンは、ストックホルム
公演の後、この村を訪れ、教会の讃美歌の歌声の中、ひときわ美しい声に
聞き惚れ、その美声の主、妹フィリパをパリに連れ帰ろうとします。
しかし、発声のレッスン途上、超えてはならぬ一線を踏み越えてしまい、
フィリパから拒絶され、失意のうちに村を去ったのでした。

時は、無慈悲にも、容色を奪い、老いの影が忍び寄ります。

ローレンス大尉とパパンとの夫々の恋の思い出の、35年後のある嵐の夜、
独りの女性が姉妹を訪ねてきました。
名はバベット・エルサン。パリを混乱に巻き込んだ革命と動乱の闇のさなか、夫と子を殺され、自身も命からがらパリを脱出し、自分の熱心な応援者であったアシール・パパンの手紙を携えて姉妹を頼ってきたのです。

バベットは、無事に姉妹の家に家政婦として住みはじめ、まずは言葉や料理の作り方を学びながら、野のハーブを試し、海岸で漁師の魚を値切りながら、村人への奉仕の食事を作り始めます。
次第しだいに、彼女の料理は村人から喜ばれるようになっていきました。
ですが、家族も友をも失ったパリとの縁は切れ、唯一友人が買ってくれる
宝くじだけが、パリの匂いを運んでくれるものでした。

そうして、あっという間に、更に14年の月日が飛び去ります。

マーティーネとフィリパの姉妹は老いの入り口にたっていました。
牧師の父を慕った村人たちにも老いは深く、信仰の心も脆くなっていることを感じとった姉妹は、亡き神父の生誕100年の記念日に、ささやかな食事会を催して、信仰を取り戻そうとします。
そんな折、バベットに1万フランの宝くじが当たったという知らせがフランスから届くのです。

マーチーネとフィリパは、バベットがこのお金でフランスへ戻るであろうことを直観し「主は与えられ、そして取り上げられる」と寂しく呟くのですが、バベットは二人の心配をよそに何か物思いに沈んでいました。

数日後、バベットは姉妹に「お願いしたいことがあります」と申し出ます。
それは、祝いの晩餐会の食事を自分に作らせて欲しい、また、フランス料理をお出ししたい、費用は自分が出したい、というものでした。

姉妹に申し出を断る理由もなく、バベットに晩餐の準備を一任したものの、運び込まれた食材が生きたウミガメやウズラであることを見たマーチーネはショックを受け、夜中にウミガメが火にあぶられている夢で目が覚めます。
マーチーネは天罰を恐れ、村人たちと話し合い、晩餐会では食事を味わうことなく、食事の話も一切しないことを決めます。晩餐会には、今や、王室の将軍となった懐かしいローレンスも参加することに。

さて、いよいよ晩餐会が開かれます。バベットの準備した見事なテーブルセットに皆、驚きながら恐る恐る席に着くのです。

そして、バベットの用意したおもてなしの数々を、唯一のパリの最高料理の経験者、ローレンス将軍が、驚きの言葉とともに素晴らしさを形容していきます。

「これは驚いた!
アモンティラード(食事の最初に振舞われる最高のシェリー酒)だ、
「しかもこれほどのものは初めてだ!」
「まぎれもなく本物の海亀のスープだ。
「しかも、なんという味だ!!。

続いて、

「ブリニのデミドフ風だ。」それに添えられたシャンパンは
「なんと・・・! まさしくヴーヴクリコの1860年物ですぞ!」
しかし、食卓についている村人の誰一人として反応しません・

続いて現れたウズラのパイ焼きを見て、感極まった将軍は、懐かしい思い出を語り始めます。
「パリに居た頃、馬術競技で勝ったことがある。
「フランス騎兵隊の士官がそれを祝ってくれた。最高級レストランの
カフェ・アングレでだ。
「驚いたことに料理長は女性だった。我々は、ウズラのパイを注文した。彼女が創作した料理だ。
「その夜、ホストを務めたガリフェ将軍が、その女性の料理長を、食事を恋愛に変えることができる女性だ、と形容した。
「当時、彼女は厨房の天才として有名だった。
「これはまさしく『ウズラのパイ詰め石棺風』だ。

この時、将軍はバベットが間違いなくカフェ・アングレの女料理長であることを見抜き、食事と添えられたもてなしのお酒を存分に楽しんだのです。

食事を拒んでいた村人たちは本場フランスの料理長による世にも豪華な食事とお酒を楽しみ、次第に偏見を解き、固陋な精神を氷解させ、明日への活力を見出したのです。

食事の最後に、将軍が席を立ち、牧師の教えにしたがった全員の労苦が今、すべて報われたことを、自分の中の虚しさも満たされたことを、亡き牧師が語った言葉を引用しながら語るのです。

「慈悲の心と真心が 今や一つになった
「正義と平和が接吻を交わすのだ
「心弱く 目先しか見えぬ我らは、この世で選択をせねばならぬと思い込み、
「それに伴う危険に震えおののく
「我々は怖いのだ
「けれども、そんな選択などどうでもよい
「やがて眼の開く時が来て 我々は理解する 神の栄光は偉大であると
「我々は心穏やかにそれを待ち、感謝の気持ちで受ければ良い
「神の栄光は等しく与えられる
「そして見よ 我々が選んだことは すべて叶えられる
「拒んだものも与えられる
「捨てたものも取り戻せる
「慈悲の心と真心が一つになり
「正義と至福が接吻を交わすのだ

そして、帰宅の馬車に向かう直前、マーチーネに愛の言葉を語ります。

「いつどこにいても貴方と一緒でした それはご存じですね
「これからも毎日あなたと共に生きる それもご存じですね
「夜ごと貴女と食事をする
「肉体がどんなに離れていようと
「構わない 心は一緒です
「今夜 私は知りました
「この美しい世界では すべてが可能だと

バベットには、もう一つだけ言わねばならないことがありました。
それを、パパンの言葉として口にします。

「世界中の芸術家の心の叫びが聞こえる。

「どうか私に、最高の仕事をさせてくれ。

これが、バベットが目指したおもてなしの最高境地でありました。

この後、きっとバベットは将軍の口利きで宮廷でも料理をふるい、
シェフを育てながら、充実した人生を歩いたことでありましょう。
姉妹にも必ずや幸せな日々が待ち受けていることでしょう。

見終わったとき、形容しがたい幸福感に包まれる素晴らしい映画で
ありました。

End


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