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奇妙礼太郎 『More Music』に寄せて

 私がはじめて奇妙礼太郎のライブを観たのは2014年の夏だった。『夏びらき』という服部緑地公園の野外音楽堂でのイベントに、弾き語りで出演していた。どこまでも飛んでいく伸びやかな歌声が、雨雲の見え隠れするじんわりとした空に響いていてすごくドキドキした。子連れが多いイベントということもあってか、みんなで歌った“オーシャンゼリゼ”がとてもやさしかった。

 再会したのは2015年の年明け。彼は天才バンドというスリーピースバンドのボーカルギターとしてステージに立っていた。圧倒的な歌唱力と演奏力、どこからがMCでどこからが曲なのか、その境目がわからないほどの自由さとジャム感、その場その場で増幅されていくグルーヴ。大人のロックンロールを見せつけられて、翌日も熱に浮かされたままだった私はタワーレコードに駆け込んだ。『アインとシュタイン』という1stアルバムを買って、繰り返し繰り返し聴いた。頭の芯がしばらくしびれたようになっていて、気づけばすっかり魅了されていた。

 その後も、ホーン隊からキーボードまで、約10人ほどを抱えた奇妙礼太郎トラベルスイング楽団での彼、奇妙礼太郎名義だけれど弾き語りでなくバンドセットで歌う彼、音楽キャリアのスタートともなった4ピースロックバンド・アニメーションズでの彼……。関わるものは全部観た。と思う。CMソングを歌う彼の声も、お茶の間でたくさん聴いた。

 惹かれた理由は単純に、魂の震える歌声だったからだと思う。忌野清志郎に例えられることもある泣き声混じりのその声は、喉からではなく彼の身体中から響いてくるように思える。彼の身体はひとつの楽器、もしくは大きなバネなのではないかと思うほど、奥底から声のかたまりが飛び出してくるのだ。同じ歌い方もしない。いつもその時々のアレンジが加わっていて、CD音源にはないそれに、ワクワクが駆け巡る。そして、奇妙礼太郎本人の飄々とした、飾らないキャラクターも好きだ。ステージを縦横無尽に駆けたり、歌い出したかと思ったら即興でつくった下ネタソングを繰り出したり、お客さんをステージに上げて歌わせたり、かと思えばふと色気を漂わせたり。演奏形態や属しているバンド、だれと組むかによって見せる表情もまったく違うので、それぞれの「奇妙礼太郎」の姿が観たくなってしまう。不思議だ。

 と、随分前置きが長くなってしまった。私がいかに「奇妙礼太郎」にハマってしまっているかが伝わっただろうか。そして本題はここから。9/26にリリースされたばかりの『More Music』について。
 これはメジャー2ndソロアルバムに当たる作品で、前作『YOU ARE SEXY』から約1年ぶりのリリースとなる。ちょっと不思議なのは、ソロアルバムと謳いながらも、元・くるりのギタリストでソロでも活動中の吉田省念がプロデュース&アートワークを担当しており、グラサンズというバンドと、こちらもソロで活躍中の田渕徹が共同制作者となっている。本人のインタビューを読み漁るにつき、ひとりで制作するよりも、だれかとアイデアを出しながら進める方が性に合うらしく、だからリスペクトしているふたりを引き込んだようだ。結果、3人のシンガーソングライターの世界観が詰まった、彩り豊かなアルバムとなっている。

 また説明が長くなってしまったが、このアルバムが、とにかく、最高、なのである。ロックンロール、ジャズやブルースなどのルーツを下地にしながらも、現代に寄り添った強度の高いポップミュージックとして響く。

 アルバムのめくるめく曲に耳を傾ける。曲によって歌い方も声も違う、奇妙礼太郎の姿がそこにはあった。しょっぱなの“エロい関係”から、甘いスローなナンバーの“眠れないなぁ”、映画『愛しのアイリーン』の主題歌で、ラストも飾る“水面の論舞曲”まで、はじめて聴いている最中はずっとドキドキしっぱなしだった。

「このアルバムは多くの人に聴かれるべき作品だし、間違いなくたくさんの人から愛されるはず。そんな作品にいま向き合えていること、これってすごいことなのでは……?」

 ここまで言うと胡散臭さまで漂ってしまう気もするが、本当にそう思ったのだ。

↑興奮に満ち満ちた私のツイート

 それから、インタビューの中で個人的に響いた箇所があるので、ぜひこの話もしておきたい。

──(略)奇妙さんはご自身の音楽を誰に向けてやっているんですか?
奇妙 : うわぁ…… 誰とかあんのかな。なんか、自分のやってきたことを考えたら「こんなすごい人がいますよ」って報告するような役割が多いというか。それがしっくりくる1つの仕事やなって何となく思います。
(OTOTOY 『奇妙礼太郎の表現はどこからやってくる──メジャー2ndアルバム『More Music』をハイレゾ・リリース

 2ヶ月ほど前に、大宮エリーのUstreamでの番組(スナックエリー)に出演した際も、「俺、歌を実演販売する人やから」と言っており、彼のスタンスを理解する上で、とても腑に落ちた表現だった。「何がなんでも、自分の歌を歌う」というよりは、「こんなにいい歌が世の中にあるで」、「この人のつくる曲、すごいねん、聴いてみて」という感覚なんだと。私がいま、文章にして語っているこのようなことを、彼は歌うことによって表現するのだ。ライブで名曲カバーや友人の曲をよく歌うのは、きっとそういうことなのだろう。今回のアルバムも、吉田省念と田渕徹というソングライターの良さを、彼の歌を通して、彼なりに世の中に発信しているのかもしれない。もしかしたら、活動軸のひとつにCM歌唱がある理由もそこなのかもしれない。

 掘れば掘るほど、どんどん魅力が出てくる、それが「奇妙礼太郎」だ。観て、聴いて、読んで、それで知った気がしても、まだまだ溢れ出てくる。私の拙い文章を、もし最後まで読んでくれた人がいたら。そして、彼に興味を持ってくれた人がいたら。『More Music』をぜひ手に取ってほしい。アートワークやフォトグラフィックも美しくて、モノとして持っておきたい1枚だ。もちろん各サブスクで配信もしているので、まずはそこから入ってみてもいいかもしれない。

 『More Music』の曲たちが、多くの人の耳に入りますように。


最後まで読んでくれて、ありがとうございます!