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東京モーターショー2019、IBMとカーナビのレジェンドが語った「MaaSの未来」

そのサービスに、愛はあるかー。

従来のようにクルマを所有して移動手段にするのではなく、「サービスとしてのモビリティ」(Mobility as a Service)を意味するMaaS(マース)が、ホットワードになっている。

高齢化率の高まりや、地方の過疎化、自然環境の破壊など、様々な社会問題が深刻化し、都市の新たなモデル構築が求められる現代において、AIや自動運転などの最新技術を生かしたモビリティが、問題解決の鍵を握る存在として注目され始めたからだ。

こうしたモビリティは、テクノロジーの力によって、新たなサービスを生み出し、人々の生活を大きく変える可能性を秘めている。

まだ代表的なサービスがあるわけでもないし、多くの人にとっては、MaaSは馴染みのない言葉だと思う。でも黎明期だからこそ、市場の扉は大きく開かれていて、様々な事業者が、様々なパートナーを探しながら事業開発に取り組んでいる。

大きな成長が見込まれるMaaSが、これから健全に発展していくために必要なものは何だろう? 

そんな、MaaSのあり方を考えるトークセッションが、東京モーターショー2019にITベンダーとして初出展したIBMのブースで開かれた。

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トークに登壇したのは、IBMインタラクティブ・エクスペリエンス(以下 IBM iX )事業部 トータル メディア プロデューサーの岸本拓磨さん(左)と、元本田技研工業の役員待遇参事で、現在は自動車技術会フェローを務め、spodsのバスづくりにも参加してくれている今井武さん(右)。

「顧客体験とエコシステムで広がるMaaSの世界」と題し、2人が、これからのMaaSへの関わり方や思いなどを交わした。その様子をレポートする。

spodsは、IBMより依頼を受け、2030年のモビリティの未来をともに考え、東京モーターショー2019のコンセプトムービーを企画・制作した。

地域に根付く文化や体験、その日の天気や時間、ユーザーの体調など様々なアプローチから、生活者の体験を豊かにする未来のMaaSを描いた。

映像化するプロセスは、自分たちの未来を具体的に想像する機会になった。

世界初の「カーナビ」は自動運転を見すえた技術だった

セッションではまず、本田技研工業で通信型カーナビ「インターナビ」の開発をリードしていた今井さんが、当時を振り返った

岸本:ホンダは世界初のカーナビを作りましたが、実はそれは自動運転を見据えたものだったらしいですね。

今井:位置情報とアンチロックブレーキ、クルーズコントロールという3つの技術があれば自動運転ができるんじゃないかということで、将来を見据えてやり始め、1981年に世界初のカーナビを開発しました。

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岸本:ただ、技術が向上していく中でいろいろなクレームが上がってきたと。

今井:クレームで一番多いのが「地図が古い」ということと「いいルートが出ない」ということでした。それを解決するには、ネットワークで外と繋がらないとだめだということになり、世界で初めて通信モジュールを標準装備しました。

そして会員の走行軌跡のデータを、ホンダのクラウドサーバーに集めて、最新の地図データや交通情報にし、みんなの共有データとしていました。それを実用化したのが2002年です。

岸本:インターナビ搭載の車両をセンサーにして、会員同士で情報を共有できる仕組みにしたのですね。

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今井:下世話な話ですが、ビジネスとして考えれば、お客さんのデータは欲しいじゃないですか。でもそうじゃなくて、お客さんに満足してもらうためには、個々の車両データを集める必要があったんです。純粋に、ニーズに応えるためにやってきました。

岸本:そうして集めたデータが、2011年の東日本大震災で社会貢献として繋がっていったと。

今井:はい、あまりにもひどい災害だったので何かできないかと思い、インターナビの会員の車両通行情報をオープンにして提供しました。災害時、どこを通れるのかというデータは極めて重要です。データを徹夜で作り上げ、3月12日の朝10時に公開しました。

MaaSの原点も、生活者の存在であるべき

岸本:MaaSを語る上でのポイントは、顧客のデータと、交通情報などの環境データ、車両のデータ、これらをいかに三位一体で活用し、今までにないより良いサービスにつなげられるかという点だと思います。

社会に役立つモビリティという点では、今井さんは現在どんな活動をしていますか。

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今井:自動運転やMaaSって、まだテクノロジーが先行して(注目されて)いますが、お客さんが欲しいサービスを徹底的に考えて作り上げるということが、原点として必要だと思います。

今はこうした考え方に基づいて、スタートアップやクリエイターの人たちと、新しいモビリティサービスを作っていこうとしています。

自動運転車両って、僕も乗ってみましたが、時速20キロまでしか出なくて、乗った瞬間に面白くもなんともなかったんですよね。やっぱり乗ることが楽しくないと。

それから、乗ってどこかに行くんだから魅力のあるコトがないと。また、動けない人たちにとっては、面白いコトが来てくれるというのも大切でよね。

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岸本:たしかに、テクノロジーで自動運転ができても、A地点からB地点まで運ぶだけというのは全く面白くない。モビリティを、魅力を運ぶプラットフォームにどう変えていくのか、という気づきがあったわけですね。

生活者にとって価値のあるMaaSとは何なのかという熟考をされて、spodsに関わっていると。

今井:はい。実は、バスを自分たちで作り上げました。

岸本:自分たちで。アナログですね。

今井:そうです。中古のバスを2台入手して、綱島(横浜市)のガレージで、のべ100人くらいでペンキを塗ったりしながら、7月末に作り上げました。

岸本:自動運転や次世代テクノロジーに関わる人たちが集まって、ペンキを持って車両を塗ると。

今井:僕も、ペンキ塗りができるようになって、家のリフォームも自分でできるようになりました(笑)。

spodsは、移動型のクリエイション・ラボを作ろうという取り組みです。spodsのメンバーを中心としたクリエイターたちが、モビリティ時代に生まれる”移動する新しい場”をつくることを目指しています。

spodsは既に、DIYで完成させたバスで、街中に実際に繰り出す試みを始めています。

今井:7月には、静岡市の静岡赤十字病院まで行き、外出が難しい長期入院患者や病院職員らに、医療用VRの体験や、クラフトのワークショップなどに参加してもらい、「移動する医療ケア」の可能性を探りました。

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8月には、学芸大学の小金井キャンパスで、バスにスクリーンを張り、映画を上映。その後、参加者がお酒を飲みながら作品についてディスカッションするという試みをしました。 

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会場では、今井さんがスライドを使い、spodsの取り組みを紹介。来場者たちが、熱心に耳を傾けていた。

バスに乗って、行き先のない旅に出る

続いて、IBMのMaaSテクノロジーが生み出す未来の観光バスを描いたイメージムービーが上映された。

舞台は2030年ごろ。あるカップルがホテルで起床し、何をして過ごそうか考えている。すると、テーブルの上に「スポーツ」「文化体験」「アート」など、その日の過ごし方の選択肢が現れる。

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カップルは「文化の体験っていいね」と言って「文化体験」をタップ。しばらくすると、自動でspodsのバスがホテルに迎えにやってきて、旅に出発する。

「2人は行き先のない旅に出るんです」と岸本さん。つまり「行きたい場所はない。でも素敵な体験が待っているからバスに乗るという未来」を描いたそう。

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乗車の際は、運賃を支払ったり、乗車券を提示したりする必要はなく、顔認証だけで終わり。バスが環境や気象情報、交通状況などを考慮し、カップルの希望に沿う適切なルートを提案。

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乗客が眠いときには、生体情報を読み取り、車内を暗くし、眠りを誘う音楽を流してくれる。また、お土産を買い忘れても、車内やホテルから購入すれば、配達までしてもらえる。

最後は運転手にも配慮して、自動運転モードに切り替えてくれる。バスが車両、個人、外部のデータを元に価値をつくり続けてくれているのだ。

モビリティの未来が、リアリティある形で描かれ、来場者の視線をくぎ付けにしていた。


移動していないところに、移動を作る

実際のところ「MaaSは、サービスとしてのモビリティ」と言われても、分かったようで分からない人が多いだろう。

岸本さんの言葉を借りれば、それは「AからBに行くだけではなく、それをいかに体験などのコトに置き換え、生活者にとっての価値を作るか」ということだ。

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MaaSを考える上で、生活者としての目線を持つことの大切さは、今井さんも強調する。

今井:すぐ、そのサービスでいくら儲かるかとか考えがちですけど、そういうところから入るのは全然良くない。いいサービスを作って、結果としてビジネスモデルが成り立つというあり方を考えていかなきゃいけないと思っています。

SDGsの考え方に立つと、「(外出できない人も含め)一人も取り残さない」という考え方も必要です。

確かに、需要がある場所にMaaSの移動レストランや移動コンビニが行けば、事業としては成り立つかもしれないですが、僕はそうではなく、移動していない、移動できないところに対して、移動を作る。そして賑わいを作り、事業を作ることの方が、はるかに大事じゃないかなと考えています。

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岸本:データ第一で、データとAIで何ができるか、とか考えがち。でも、そこから始めるのではない、ということですね。私の所属するIBM iXでも、テクノロジードリブンで考えるのではなく、お客さんを中心に考えることが最も重要だと考え、徹底的に顧客分析をした上で、その体験デザインから考えるアプローチをしています。

お客さんの元々の思いがあって、その思いとどう掛け合わせてサービスに落とし込むのかというのが、テクノロジーを利用する上でも大切だと思います。

今井:やっぱり中心は、人なんです。最近使っているのが、「そのサービスに愛はあるか」という言葉。事業計画を作るところで、効率重視ではなくそれをファーストプライオリティ(最優先事項)にしようとしています。

岸本:生活者にとって価値あるサービスを作ることこそが、インタラクティブ(相互の)な体験を作るという話だと思います。それをデザインしなきゃいけないのですね。

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可能性に富んだMaaSの世界では、1つのサービスに対して、幅広い事業者や利用者が関わり、車両や通行状況、天候など様々な要素が絡んでくる。

つまり、事業者同士のエコシステムではなく、企業と生活者、環境が作り出す複雑なエコシステムが形成されることになる。

そこは、競争性、社会性、公益性、欲求などが混在しており、これを健全に成長させることは、きっと簡単ではない。

でも、岸本さんと今井さんの口から何度も聞かれた「どうしたら生活者にとって価値あるサービスになるか」や「どうしたらお客さんに満足してもらえるか」というような謙虚で真摯な姿勢を、MaaSに関わる人たちが忘れることなく持ち続ければ、未来がワクワクするものになりそうだと思った。

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さあ、自由に動きだそう。アイデアと創造を運びだそう。

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Text & Photo: Hiroyuki Sumi
Edit: Neko Sasagawa

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