平川忠亮

平川が引退するって知ったのはリーグ終盤だった。

なんだか、いて当たり前の存在。そう思っていた平川引退の報告は俺の周りの少ないくない人たちをザワつかせた。鈴木啓太の時もそうだけど、もうすでに「当たり前」の存在となることがどれだけ難しいか。そしてそれを失う時の悲しみがどれだけ深いか。平川の引退もそれを感じずにはいられなかった。

出始めの平川は左右のサイドバックをこなす器用なヤツ、という印象だった。オフトに重宝されてんのかな、と。
以降、試合に使われ続け、14番平川はすっかり浦和に定着していた。
俺と同い年という事もあって、当時は永井とともに親近感のわく選手だったけど、あまり多くを語らないので、正直、何考えてんのかわかんねーなという選手。
派手さはないけど、いつもそこにいる。そんな選手だった。


そんな中、オフトがやめてギドになるとクラブはアレックスを補強。一時はベンチも増えて、いよいよ移籍かな、と思っていたら、右アウトサイドで器用され、最終的にはリーグ優勝にも貢献。
その後も数々の補強選手がきても最後は平川で落ち着く、という感じで常にクラブに貢献してきた。

彼のハイライトはやはり2007年のACL準決勝。城南戦。第二戦の埼スタでのPK戦、最後のキッカーが平川だった。なにを隠そう、俺はこの試合に行っていない。俺的な「行けなくて悔やんだ試合ランキング」でも上位なこの試合の決着をつけたのは平川だった。今でもあの試合はたまにYouTubeで見たりするけど最後のキッカーである平川からは物凄い緊張感を感じる。よくまぁ決めたよ。

その後、2011年には不覚にも残留争いに巻き込まれ、当時キャプテンだった啓太を支えていた。

そして監督がミシャになっても右ウィングで出場していたけど、転機は2015年。
関根の台頭により平川の出場機会は激減。2016年には駒井も加入し、怪我もした。

このころから、俺の周りでは「平川引退説」が毎年のように聞かれるようになる。

だから平川が久しぶりに出場するとゴール裏は湧いた。
いつだって俺たちの平川への信頼はかわらない。正確なクロスと献身性。
多くを語らなくても伝わるその想い。みんな平川が好きだった。

そんな中での引退宣言。

どうしても勝つ。というか密かに平川をピッチへという想いで向かったFC東京との最終節。
もちろんチームの勝利が最優先。平川もそう思っていただろう。
だからこそ、3-0くらいにならないとオリベイラだって使いにくい。
だから先制しても全く喜べなかった。まだ足りねーぞ、と。
にもかかわず後半早々に追いつかれる。何をやってんだこいつらは、と怒りで死にそうになったが、直後に突き放す2点目。さらに3点目もとって、ようやくベンチが動きはじめる。
その瞬間、俺のとなりの人は泣いていた。まだ試合は終わってない。泣くのは早い。でもわかる。わかりすぎる。
その人の方を見たら完全にもらい泣きする気がして、一切見ないようにしていた。
ところが、前田に一点返される。
でもね、もうオリベイラも決めてたみたいだった。そのまま89分に平川がピッチへ。
もちろんチームとしては時間稼ぎという意味合いが強い交代。
それでも、最後に平川が赤いユニフォームでピッチを走る姿を見れて本当に良かった。
試合も勝利し最高の最終節となった。

試合後の挨拶。
啓太は涙涙の挨拶だった。
平川は一言一言を噛み締めながら涙をこらえていた。
気持ちの伝わる最高の挨拶。
そんな彼が涙を流したのは同期の坪井が花束をもって登場したとき。
そんな所こそ平川なのだ。

世代交代は静かに始まっていたのかもしれない。
宇賀神は天皇杯でその存在を示し、
橋岡をはじめとしたユース出身の若手も台頭してきた。
平川の出番はおのずと減っていく。
でも、これこそ平川の望んでいた状態なのかもしれない。
「早く俺を追い出せ」と。
それが浦和のためなのだ、と。
なんとなくそんな男のような気がしてならない。

だからこそ、残された選手は平川の意思を継ぎ、
新たな「当たり前の存在」にならないといけない。

そして今度はそんな彼らを平川がコーチとして支え、
叱咤してくれる日がくると信じている。

17年間、本当におつかれ!
そして、ありがとう。

最後の最後、天皇杯を掲げる君の笑顔は最高だったぞ。

代表に選ばれても、海外組でも、そんなのは関係ない。

俺たちが愛するのは浦和のために走る選手だ。

平川忠亮。
これからも浦和と共に。




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