見出し画像

タイタンの彼女 1/8

「君、ずっと私のこと見てるでしょう」

 それは余りに突然の出来事だったので、僕は驚き過ぎて声が出ない。

 今は授業中、教壇に立つ先生以外は静まり返る教室内。そんな中で少しも声量を絞らない彼女に僕の方が焦ってしまう。
 落ち着いてきたのでなるべく小さな声で僕は話す。

「見てない」

 彼女はびっくり箱の様にぱっと表情を笑顔に変える。

「嘘だ!絶対嘘!私そういうの良く分かる方だもん」

 その声が余りにも大きいものだから、僕の背中からはじんわりと変な汗が出て来る。大声を出しているのは僕の方ではないのに。

 しかし教室内で彼女の声を気にする人はほとんどいなかった。
何人かのクラスメイトがこちらをちらりと振り向いたけれど、後ろから聞こえた些細な物音を気にするような素振りですぐにまた正面を向く。
 音の出所すら判明していないように見えて不思議に思う。教壇に立つ先生も黒板に文字を書く手を止める事は無かった。

「もしかして私のこと、好きなのかなあ」

 いたずらっぽい顔で彼女は僕を覗き込んで来る。身を乗り出した彼女の顔が随分近かったから、不覚にも少しだけどきっとしてしまって恥ずかしかった。

「違う」

「へえ、じゃあ何で見てたの?」

 僕はそれ以上答えなかった。授業中にぺらぺら話す話でも無い。僕は彼女が何者なのか気になって詮索していただけなのだから。

 一旦今の事は置いておいて、授業に集中する。中間試験も近くなってきているので、後で楽する為に授業はしっかりと聞いておきたかった。
 中学二年の五月、大型連休明けの金曜日。この時僕は初めて彼女と話をした。
 
 
 彼女の出現は余りにも突然だった。気付いたら目の前に居たというか、現れた事自体周りの皆は気付いて居ない程自然にいつの間にか溶け込んでいたので、僕もそれに気付くまでに随分時間が掛かった。

 僕が記憶している限り、彼女は中学二年生の四月辺りから僕らのクラスである二年C組に現れた。いつの間にかクラスメイトになっていた。
 転校生でも無かったし、逆に入学から居た訳でも無い。これも彼女の事なのであまり自信は無いけれど。もしかしたら僕の方がおかしくなっていて、ずっと夢でも見ているのかもしれない。その方がずっと原理的には分かり易い。

 僕は彼女の事を、タイタンの彼女と呼んでいる。
 何故名前で呼ばないのかというのには非常に分り易い理由がある。

 彼女には名前が無い。

 僕がタイタンの彼女に対して疑問を持ったのも、これに気付いたのが始まりだった。出席簿に彼女を指し示す欄はあっても名前の部分は空白のままだったし、体育の時に着けるゼッケンにも彼女だけ何も書かれていなかった。出席簿に彼女を指し示す欄はあっても名前の部分は空白のままだったし、体育の時に着けるゼッケンにも彼女だけ何も書かれていなかった。
 その事について担任の先生に聞いたところ、「名前が無いのが何かおかしいか?」と聞き返されてしまった。

 絶対におかしい。

 人間には皆名前が付いている。これは万国共通で絶対だ。例え彼女が外国人だったとしても、それは説明にならない。
 先生とそんな話をしたすぐ後の事だった。教室でクラスメイトの女子と楽しげに話している彼女を見て僕は驚いた。
 彼女は宇宙服の様な透明の半球型のヘルメットで頭を覆っていて、そのヘルメットからは機械の部品の様な一本の管が出ている。
 その管は背中にしょっている酸素ボンベの様なものに繋がっていた。それは華奢な体躯に似合わない重々しい装備だった。服装は他の女子と同じ夏服のセーラー服姿で異様にアンバランスだ。
 その姿はどこからどうみても中学生の僕には理解しがたかった。

 何だあれは?

 いや、何だというか、ずっとあんなものを被っていたのか?何故僕は気付かなかった?周りの皆は何故それを不思議に思わないのだろう?
 丁度近くに居た友達に声を掛ける。

「あいつ、なんであんなもの被ってるの?」

 友人は僕が見ている方へ視線を向けて言う。

「あいつってどいつ?」

 それから僕は興味本位で彼女の事を調べる事にしたのだった。
 友人は僕が見ている方へ視線を向けて言う。
「あいつってどいつ?」
 その時、僕が見ている現実は他の皆と相違があるという事実に気が付いた。

2へつづく

著/がるあん イラスト/ヨツベ

「タイタンの彼女」BOOTHにてpdf版販売中です。

下記サイトにて他既刊もネット通販中
メロンブックス / COMIC ZIN


よろしければ、サポートお願いいたします! いつか短編集の書籍化も実現したいと考えております。