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第3話 ドラゴンクエストⅤ

  今日は授業も無ければ、私はアルバイト等もしていない身。大学生にして何のサークルや部活にも所属していない私は、自分の事ながら随分しみったれた大学生活を送っているものだと嘆かわしく思う。
 何しろせっかくの休日だというのに、私は朝から嶋先輩の横で先輩がプレイするゲーム画面を眺めて暇をつぶしているだけなのだ。涙が出そうな程に、潤いが無い。
 「うらちゃん!そんな事ないよ」
 「そうでしょうか」
 「何しろそろそろ花嫁が決まる瞬間だ。これ以上の潤いは無いぜ」
 ゲームの話—。私は肩から崩れ去りたくなるほどの脱力を感じた。こんな生活を心の底から楽しめる先輩が少しだけ羨ましい。
 「私はゲームから色んな事を教わって来たけど、中でもこのゲームからはとても大事な事を教わったんだよ」

 先輩が現在プレイしているのは、スーパーファミコンのゲームソフト、「ドラゴンクエストⅤ」。サブタイトルは「天空の花嫁」。私も子供の頃にプレイしたゲームだが、何よりも当時の私にとって衝撃だったのが、主人公が結婚する相手を選べる、マルチエンドのロールプレイングゲームという点だった。子供の頃からの幼馴染であるビアンカか、大富豪の娘であるフローラのどちらを嫁として迎えるのか、プレイヤーは選ぶ事が出来る。

 「先輩はどっち派ですか」
 このゲームをプレイした人は、必ずこの話題で盛り上がる。お決まりの話題というやつだ。
 先輩はその質問を待ち構えていたように人差し指をこちらに向けると、神妙な顔で続ける。
 「うらちゃん、私は今でも悩んでいるんだよ」
 事ロールプレイングゲームに関しては特に、私はプレイヤーの楽しもうという気概が大事だという事を常々思う。ゲーム内で登場するキャラクター達の事を親密に思えば思う程に、ロールプレイングゲームは沢山の事を私達に教えてくれる。その点で言えば、嶋先輩はその才能の塊のような人だ。そういう人のプレイは、横で見ているだけで楽しい。
 「じゃあ、子供の頃はどっちを選びました?」
 「フローラを選んだよ」
 私は思わずテレビ画面から先輩へと視線を移した。
 人情としては、大抵の人は知り合ったばかりのフローラよりも、旧知であるビアンカを選びたくなるものだ。確かにフローラは良い子だし、彼女を選ぶ事で得られるゲーム的な利点は沢山あるのだけれど。幼い頃からの知り合いであり、故郷を去り母を亡くし、父と二人で寂しく田舎暮らしをしているビアンカはやはりどうしても捨て置けない。私自身は昔からプレイする度に、どうしてもビアンカを選んでしまう口だった。
 「意外ですね。先輩はビアンカを置いて行ったんだ」
 「辛辣だね」
 先輩は現在、死の火山という名のダンジョンをゆっくりと進んでいる。
 難易度の高いダンジョンで、流石に手こずっているようだった。とはいえゲームオーバーを回避する為に何重にも保険が張られている点は、流石に大人のゲームプレイだと感心する。

 「うらちゃん、結婚について、子供の頃はどんな認識だった?」
 「藪から棒ですね。今でも良く分からないですけど—。まあ、一生一緒に居る人って感じですか」
 「まあそうだよね。言葉では私も理解していたんだけど、その先にどんな人生が待っているのかという点に関しては、子供だった私は想像力が足らなくて分からなかったんだ」
 「ゲームの話ですか?」
 「勿論。ドラクエⅤの話だよ。当時の私はね、殆ど迷う事無くフローラを選んだんだ。何でフローラにしたのかは思い出せない。多分どっちでも良かった。それが主人公にとっても私にとっても、重大な分岐点になるとは思ってなかったんだ」
 私は話の枕だけを聞いて、先輩がどんな経験をしたのか大体の想像が着いた。同時にそれは子供にとって、辛い経験だっただろうと痛ましく思う。
 「フローラを連れて冒険をするうち、私はふとビアンカが恋しくなってね、会いに行こうと思った。サラボナの街から北東にある山奥の村まで行くと、ビアンカは変わらずそこに居たんだ。そして彼女は私達二人を明るく迎えてくれた」
 先輩は一度言葉を切り、短く溜息をついた。
 「だけど、その明るさこそが、当時の私の心を切り裂いたんだ。素敵な結婚式だったよと彼女は言った。ようやくそこで、私はフローラと結婚する代わりに、ビアンカと今生の別れを決定したのだと気付いたんだ」

 先輩は死の火山のボスである、ようがんげんじんと闘い始める。子供の頃はこのボスによく全滅させられた。先輩は仲間にした魔物達を巧みに使いこなし、この調子であれば難なく倒せそうだ。今の私がプレイしたとして、同じように難なく倒せてしまうのだろうか。
 「うらちゃん、人生は一度きりなんだ。私はドラクエⅤからそんな当たり前の事を学んだんだよ。どんなにビアンカが恋しくても、もう彼女を選ぶ事は出来ない。何故ならフローラとの旅を経て、結婚当時は知り合ったばかりだった彼女との絆も、簡単に切り離せるほどの軽いものでは無くなってしまったんだ」
 嶋先輩に対してというのが甚だ遺憾ではあるものの、その心根の優しさに対して好感を抱いた事実は認めざるを得ないと私は感じていた。ゲームはプレイする人の気持ち次第で、沢山の事を私達に教えてくれる。嶋先輩の体験はきっと、彼女の人格に大きく影響を与えるものになったのだろう。
 「私は最初からビアンカを選んでいたので、そんな体験は無いです。ちょっと悔しいですね」
 「でもねうらちゃん、私はフローラを選んだ事を後悔はしていないよ。あの子もとっても良い子なんだ」
 「でも、どうしてもビアンカを選んでしまうんですよねえ」
 「それもまた、得難いゲーム体験じゃないかあ」
 程無くしてようがんげんじんを撃破した先輩は、次なる目的地へ向かう。結婚する相手を決める分岐点のイベントまで、あと三十分程といったところだろうか。

 今の先輩は果たしてどちらを選ぶのだろうか。それはそれで、また見ものである。
 冬の日の昼下がり。確かに暇なだけの無意義な休日に変わりは無いのだけれど、これもまた引き返せない人生であることに変わりはない。こうして先輩のゲームプレイを眺めるという決断を下したのは他ならぬ私なのだ。
 であれば、全く無意義にしてしまうには惜しいのかもしれない。
 まるで言い訳をするように、私は今という時間に対し、意義を模索しようと考えを改め始めていた。
 
 
著/がるあん
絵/ヨツベ

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