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スポーツ・エンタメのチケット販売について

2017年末にチケットキャンプの閉鎖が発表され、2次チケット販売市場や高額転売の是非について色々なところで議論が交わされている。チケットキャンプ自体は転売業者向けの不正な手数料の優遇等を行なっていたと報道されており、これが事実なのであれば言語道断であるが、日本全体の世論として、そもそもチケットの2次販売や高額転売自体がけしからんので封じるべき、と単純に主張する流れにはやや違和感を感じる。私自身が直近2年の間にアメリカで経験した4大スポーツや音楽イベントのチケット売買の経験も踏まえて、今後の日本のスポーツ・エンタメ産業の行くべき方向性として、チケット2次転売のあるべき方向性と価格設定について簡単に纏めてみたいと思う。

【チケットの2次転売についての自論】

最近になってチケットの2次高額転売が騒がれ始めているが、昔からダフ屋や金券ショップがチケットの2次転売を取り扱うということはあった。ではなぜここにきて問題がクローズアップされ始めているのかというと、インターネットを利用した大々的な2次転売プラットフォームが出てきたことで、Sellerの立場で言うと多数のチケットを買いたい人に簡単にアクセスできるようになり、Buyerの立場で言うと多数のチケットを簡単に価格比較できるようになったことにある。つまり2次転売のコミュニケーションコストや情報の非対称性に関連するコストが圧倒的に低下したことによるものである。

ただ今までもプロ野球の日本シリーズや人気歌手のコンサート等で人気がありすぎてチケットが取れないことや、ダフ屋がそのチケットを高額で販売していることはあったはずだが、これはそこまで問題視されていなかった。それがここにきて問題視され始めているわけだが、その原因は大別すると、以下の3つに分けられる。

1。2次転売プラットフォームでチケットの転売価格が簡単に見れるようになり、高額転売されている事実が簡単に把握できるようになった

2。モノ消費からコト消費へのシフトに伴い、そもそもスポーツの試合やコンサートのチケットの顧客側の価値が上がっている為、需給バランスが大きく崩れている

3。転売業者がチケット需給を把握できるデータやチケット売買プラットフォームへのアクセスが容易になったことを利用して、前よりも積極的に転売のためのチケット購入を仕掛けている

これらのうち、1は本質的な問題ではなく見えるようになったことに伴う感情論であり、然程気にする必要はない(気にしてもしょうがない)と思う。故に、2と3が本質的な問題であり、「転売禁止!」と言っている人たちは3が問題であると指摘しているわけであるが、根本的に2の需給ギャップが大きい限りは当然1次の正規販売価格と実際の市場価格との価格差を利用して儲けようという力が働くことは避けられないわけで、3の大口転売業者をモグラ叩き的に駆逐することは当然やるべきことと思うが、2の需要に応じた適切な価格設定というのが最も有効な解決策になると思う。

こういう議論を展開すると、そうすると高い金を払う人だけが人気のチケットを取れるようになって、いつも応援してくれる(そこまでお金を払えない)ファンがチケットを買えなくなるではないか、という反論が聞かれるが、これはいつも応援してくれるファンをファンクラブシステムやポイントシステム等で把握して、その人たちに特別値引き販売や先行販売をする、もしくは金銭的な還元をすることで、その貢献に応じた差別化をすれば良いので対応可能であると思う。つまり「単純に2次転売けしからん!」、ではなくコンテンツプロバイダー、チケット販売者側の仕組みづくりの工夫が最も大事な要素であり、2次転売プラットフォームや業者の批判ばかりせず、ここから逃げては行けないと考える。

【2次転売市場の重要性について】

そもそもアメリカでは多くのスポーツコンテンツプロバイダーが2次転売を正規に認めている。例えばNBAのGolden State Warriorsの正規チケット販売ページでは、1次チケットと2次チケットが同じ販売画面上で並んで表示されており簡単に価格比較することができる(日本でいうとソフトバンクホークスの正規サイトでチケットキャンプ取り扱いのチケットが同時に表示されているようなイメージ)。以下の画像の赤い部分が2次転売チケット、青い部分が1次転売チケットである。

なぜアメリカでこうしたことが起こっているのかというと、

1。まずアメリカでは年間シーズンシートの販売を如何に増やすかということに注力していることがあげられる。シーズンシート販売量が増えると収入が安定するとともに、個別の試合のチケットの在庫量が常に少ない状態になるので、稀少性が高まり価値・価格が上がるという効果もある。更に常に一定量の観客を確保できるので、試合の盛り上がりが高まるという効果もある。ただシーズンチケットホルダーにとっては自分が行けない試合のチケットを如何に換金できるかということが大事になるので、2次転売を積極的に推し進めることでシーズンチケットの販売を促進しようという狙いがある。

2。それ以外の理由としては、2次転売の購入者の顧客データも取り込むことで、顧客体験の向上に繋げようという考えもある。顧客からすると1次購入も2次購入も同じチケットはチケットなわけで、ある試合では1次で購入し、ある試合では2次チケットを購入するということもある中、これらの購買データを一つの顧客IDで紐付ける為に2次転売プラットフォームを取り込んでしまっている。

3。加えて顧客の立場からしても、こうしてワンストップで1次と2次チケットを比較し、購入できるプラットフォームというのは利便性が高く、結果として顧客体験を高めるものになっている。更に、副次的効果として2次転売がしやすいとそもそも1次のチケットの購入のハードルも下がるので結果としてチケット購入が早期から活性化されるというメリットもある。日本のように2次転売を禁じる方向に向かうとむしろ1次のチケットを購入する際にもなかなか決断できなくなるというデメリットが予想される。

【チケットの価格設定について(ダイナミックプライシングの可能性)】

上の中で、根本的な現在の高額転売問題の解決策として、需給に応じた適切な価格設定の必要性を上げたが、その一つの解決策として過去の実績データを統計的に分析し、精度の高い需要予測を行いそれに応じた価格設定を行うという手法がある。これがアメリカでは当たり前になりつつある。日本の場合は、未だにプロ野球やバスケット等でも簡単な経験則ベースの需要予測に基づいて、試合ごとに複数の価格帯を設定することはあっても、実際のゲームの重要性(例えばシーズン後半で重要度の上がった試合の値段を上げる等)や天候予想等に応じた価格の柔軟な変更というところまでは手をつけていないのが実情であろう。その結果、人気があるのに価格が安い試合や人気がないのに価格が高い試合というのが多々生まれている(2次流通市場があることでこうした正規価格と市場価格の差異が浮き彫りになるという副次的効果もある)。

これらに対するソリューションとしては、「1試合ごとの需給予想に応じた柔軟な価格設定(但し、一度価格を決めた試合はその後は変動させない)」や「毎日の需給予想変動に応じたダイナミックプライシング」等の手法がある。これらのどの価格モデルが収益性を最大化するかという研究が2015年のMIT Sloan Sports Analytics Conferenceで発表されていたので、その結果を抜粋する。参考:https://www.youtube.com/watch?v=7GHfuUH1gC0

研究はMLBチームの実際のシーズンのデータを使って価格設定戦略を変更した場合の収益の変化を検証したもの。結果は、以下表の通りで、Optimal Variable Pricing(1試合ごとの需給予想に応じて各試合の価格設定を個別に行うスキーム(但し、1度価格を決めた後は価格は変動させない))とOptimal Unrestricted Myopic Dynamic Pricing(毎日の需給状況に応じて価格変動させるダイナミックプライシング)がそれぞれDay 0 Flat Pricing(実際にそのチームが期初に決めた価格設定)と比較して14%合計収入が増えるという結果となった。一方で、Optimal Monotone Myopic Dynamic Pricing(毎日の需給状況に応じて価格変動させるダイナミックプライシングであるが、すでにチケットを購入した顧客に気を使い、一度設定したところから価格を下げることはしない)はわずか3%しか収益性が上がらないという結果になった。ここで興味深い点としては、毎日の需給変動に応じた価格変動を行うダイナミックプライシングよりも、そもそも各試合の需給予測に応じた正確な初期の価格設定を行うことの方が収益性への貢献度が高いという点。さらにダイナミックプライシングはすでにチケット購入をした顧客心理に気を使い「設定した価格を下げない」というポリシーを貫くとむしろその効果がダイナミックプライシングを入れないケースよりも低減してしまうという点。この研究も参考にすると、ダイナミックプラシングのように毎日価格が変動する複雑な仕組みを入れるよりも、まずはこの点も踏まえて(対戦相手や先発選手、曜日や時間、試合の重要性等の変数を統計的に分析し)個々の試合ごとの需給予想を正確に行い価格設定を行うことに徹することが最重要であると言えそうである。



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