桜井玲香個人PV『こわい』がこわい

「まんじゅうこわい」的な意味で。

前がき

17thシングル『インフルエンサー』収録の桜井玲香個人PV『こわい』は、彼女の魅力を存分に引き出した素晴らしい作品である。

彼女の魅力は、歌唱力だったりダンスだったり、あるいはポンコツっぽいところ、キャプテンらしい芯のあるところ、などひとつひとつあげていったらキリが無いが、今作で堪能できるのはその表情。

自他共に認める濃い顔が、喜怒哀楽を乗せてコロコロと目まぐるしく変わる。

「言葉を発さない幽霊」というキャラクターを通すことで、それをひたすらに楽しめる作品に仕上がっているのだ。

どこかのコインランドリーを舞台に、所謂"みえるひと"なおっさんが、冴えないお兄さんに「霊に取り憑かれてるよ」と告げるところから始まる会話劇で、物語は進んでいく。

おっさんの「めっちゃ可愛いけどね」をきっかけに現れる、玲香ゴースト。

既に眉間に皺を寄せており、ジトーッとお兄さんを睨んでいる。

おっさんが「怒った顔がすごい可愛い」とお兄さんに伝えるが、ある意味それがネタバレというか、この作品の何を楽しめばいいかをいきなり提示しているようなものである。

そんなマンガのような可愛い怒り顔で、お兄さんをボコスカ殴る蹴るし始める玲香ゴースト、明らかに痛くなさそうでこれも良い。

霊の外見をお兄さんに尋ねられ、細かく解説するおっさん。

髪はロングでややブラウン、顔立ちははっきりしていてなんか上品。体型は非常にスリム。で、制服を着ていて、

ここで玲香ゴーストは「見て見て」と言わんばかりのアピールをかます。さっきまでの怒り顔は鳴りを潜め、なんとも自信ありげなニンマリフェイスで顔や体をクイクイしている。

その後のおっさんの「写真を撮る」という提案には、嬉しそうな顔をして髪を整え、ピースをしながらお兄さんの隣に寄り添う玲香ゴースト。

実際の写真にはいかにも心霊写真らしい光の筋が映り込んでいて、「してやったり」というような表情を浮かべている。

この辺り、彼女の目的が「恨みを晴らす」というより、漠然と「お兄さんに存在を気付かれること」のような匂いがしてくる。

また、玲香ゴーストが制服を着ていると知るやいなや、スカートの丈を気にし出すお兄さん(長い方が「ビンゴ!」な辺りマニアック。玲香ゴーストも「キモっ」と零している)。

こういった男のダメらしさ、でありつつ同時にこっちもつい共感しかねないキャラクター像が上手い。

後の会話で彼女がいないことがわかるが、それも「でしょうね」と思わせる。

その時の玲香ちゃんは何とも言えない表情をしているが、どうも真意はつかめない。

彼女は、なんでこの人に取り憑いたの?

お兄さんに取り憑いている理由を問われる玲香ゴースト、ここの動きが可愛らしい。

「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりの表情を浮かべつつ、「ハイッ!」と手を上げてから説明し始める行儀の良さ、動きはオーバーなわりに微妙に伝わらないジェスチャー。

小っちゃい体でチョコマカと動く様がおもちゃのようで、妙に生き生きしている。

しかし取り憑いている理由は、おっさんにも伝わらない。

机をバン!と叩いて、洗濯機をガタガタと揺する荒れっぷり。ラップ現象の正体、ここに見たり。(つまり、気付かれない霊の苛立ちと八つ当たり。)

しらねーよ!

「海にでも行ってみれば?」「海の塩で、除霊とかできないんですか?」という雑な理論を展開するおっさんに、口を揃えるお兄さんと玲香ゴースト。

ここの息の合いっぷりが、なんとなく2人の相性が良さそうな、いいコンビ感を思わせる。

でもね、ずーっと君のこと見てるよ。

ここら辺から、少しずつ雰囲気が変わってくる。

お兄さんに怒りを向け続けていた玲香ゴーストが、おっさんの言葉をきっかけに、お兄さん自身に意識を向け始める。(ここの、滑る視線と目付きが実に良い芝居。あと緩く自分を指さす手元が可愛い。)

「彼女もさ、あんたに気付いて欲しいんだって」とお兄さんを諭すように話すおっさん。玲香ゴーストは、反応を窺うように神妙な顔でお兄さんを見やる。が、お兄さんは逆方向を向いていて、思わず頭をパシン!とはたく。良いテンポ感。

お兄さんに「あんたの事好きなんじゃない?」と言うおっさんに対して、必死に否定するそぶりを見せる玲香ちゃんだが、同時に、同じように否定するお兄さん。

そんなお兄さんを、どこか気にするように、またも顔をのぞき込む。

ここの、目線は交わっているのにお兄さんは全く気付いておらず、玲香ちゃん自身それを感じて視線を彷徨わす切なさ!

ここで、玲香ゴーストの気持ちも変化しつつあることが汲み取れる。

(その後、「好きなんだよね?」と聞かれて、「い、いやいやいや、んなワケないじゃん」という風に怪しく否定する様が、"いかにも"という感じが出ていて上手い。)

僕は嬉しいんですよ!取り憑かれてえ、嬉しいんですよ~!
─あ、泣いた。

そうして思わず感情を爆発させるお兄さん。

玲香ゴーストは予想外の彼の反応に戸惑いつつ、彼の言葉に耳を傾ける。

こんな状況で言うのはアレだけど、「生きてる」って感じです!
彼女はいますよ!ちゃんと「ここ」に、いますよ!

"死んでいる"自分の存在を肯定し、そのことが喜びであるという彼の主張に、すっかりほだされる玲香ゴースト。(「お前もその気になってんじゃねえよっ!」というおっさんのツッコミよ。)

まるで見当違いの方向に告白し出すお兄さんに、今度は頭をはたくでもなく、「しょうがないなあ…」なんて聞こえてきそうな優しい表情を浮かべ、自ら彼が手を伸ばす方へと向かう。

顔が見えるようしゃがみ込み、少しだけ何か逡巡するような表情を浮かべた後、

ばーか

最初で最後の言葉を残し、そして柔らかな笑顔をお兄さんに向けたままスゥッと消えていく。(怒り顔で現れた冒頭と対照的である)

この「ばーか」には「見えてもないくせに、」という意味が籠もっていることは明白だが、もちろん本当に馬鹿にしているわけではないことは、最後の笑顔が物語っている。

そして満足げに消えていったことが、最初は「呪い殺してやるのよ!」と(ジェスチャーで)言っていた彼女が、お兄さんとの交流を経て得たものを感じさせる。

その答えはやはり、

彼女はいますよ!ちゃんと「ここ」に、いますよ!

ここにあるのだろう。

生きているとか死んでいるとか、見えるとか見えないとか、そういうことではなく、"誰かの心に居る"という事。

それこそが「存在」の何よりの証明である。彼の心が私のアイデンティティ。

それは成仏してしまっても変わらない。どういう形でいるのであれ、誰かの心に居るのであれば、その命は存在し続ける。(玲香ゴーストの衣装も『命は美しい』の制服!)だからこそ彼女は安心して消えていったのだ。


「"誰かの心に居る"ことが自分の存在証明」という定義は、まさしくアイドル自身にも言えることのように思う。

同じく乃木坂46メンバー・佐々木琴子ちゃんが度々語る「自身がアイドルになることを選んだ理由」、

私が生きてたってことを知らない人の方が多いまま死んでいくわけじゃないですか
生きてる証を残したい

また卒業メンバー・伊藤万理華ちゃんが個人PV『はじまりか、』で歌ったパンチライン、

こんな変な私だけど 見つけてくれてありがとう
広い宇宙にあなたと私 ここで出会えた奇跡にありがとう

これらもまさしく同じことを謳っている(前と後、と視点はそれぞれ異なるが)。

特に『はじまりか、』の歌詞は、90年代のムーブメントにおいて外部からの「おめでとう」という賛辞で確立された「自己の存在」を、他者への「ありがとう」という言葉を以て実現している。

あなたと私、故に私。そんな形で「存在」という言葉の意味を新たに定義付けているのだ。

そして『こわい』では、玲香ちゃんの笑顔を以て、それと同じことが語られているのだ。


こうして繋げて考えてみると、この『こわい』という作品が「霊の女の子と罰当たりなお兄さん」というキャラクターを通して、「アイドルとファン」の構図を描いているように思えてくる。

そうすると、お兄さんの

「生きてる」って感じです!

が実に熱いスローガンに感じられてくる。

また、対するおっさんの「待て待て待て相手は死んでるからね」という発言が、アイドルファンを外から見ている層が、アイドルファンのことを一々揶揄する発言ともシンクロしている気がしなくもない。(見たら見たで「めっちゃ可愛い」と語る辺りも、なんとまあ。)

でもどんなに握手をしたってあのコとはデートとかできないのよ
ざんね~ん
(アイドルばかり聴かないで/Negicco)

しかしそんな揶揄なぞ気にも止めず、

彼女は「ここ」に、いますよ!

と熱く(かつ、何やら楽しそうに)返す彼の姿のなんと勇ましいことか!(しかし、こうありたい姿である。)

そして、そんな彼を見て嬉しそうな表情を浮かべる玲香ゴーストの様子が、ファンと相対した際のアイドルの姿であるなら、それは、こちらの存在を肯定してくれていることだと捉えたい。そう好意的に解釈してしまいたい。だって、ファンだもの。

そんな彼女の『こわい』収録の作品はこちらをどうぞ(notアフィリ)。


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