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もし、「寄宿学校文学全集」をつくるなら?「ローズ・ルルダン」と、「あざ」について。

「ローズ・ルルダン」は、ヴァレリー・ラルボーの短編で、寄宿学校が舞台になっている。
そして、「あざ」も、同じく寄宿学校が登場する、アンナ・カヴァンの短編である。
どちらも、もし、私が個人的に「寄宿学校文学全集」をつくるなら絶対に欠かせない、と思っている、素晴らしい作品である。

ローズ・ルルダンとは、語り手である「わたし」の名前だ。
「わたし」は現在、どうやら女優として活躍しているようなのだが、その彼女が少女時代のことを回想する、という形で書かれている。

「わたし」は少女時代、田舎の寄宿学校にいた。
その学校で「わたし」は不幸で、そして、陰気な小娘であった。

あるとき「わたし」は、優等生の美少女で学校の人気者、ローザ・ケスレルの存在を耳にする。
彼女は一学年上の十三歳で、スイスのドイツ語圏から来ていたため「プロシャっ子」というあだ名がついていた。
その後、「わたし」はローザ・ケスレルが二人の同級生と腕を組んで散歩をしているときにすれ違い、彼女に恋をする。

「きめの細かな肌を見ていると、幼いころに見たオールド・ティーローズを思い出しました・・・・・・わたしは彼女の生命をあいしていたのです。それがどんなふうにはじまったのか、言葉にして言おうとしてもできなかったでしょう。彼女の血の一滴一滴がいとおしかったんです。」

「幼なごころ」ヴァレリー・ラルボー 岩波文庫

しかし、「わたし」とローザ・ケスレルが仲良くなれるような機会は、なかなかやってこない。
「わたし」は、寄宿舎が火事になればいい、そうすればこの自分が彼女を助け出して、それをきっかけに友情が芽生えるかもしれないから、などと妄想するようにまでなる。
または、彼女をからかってわざと怒らせてみようか、ぶたれたり、押されたりするかもしれないけど、それでもいい、と考えたり。
頭の中で妄想するだけでなく、「わたし」は長い休み時間を利用してローザの寝室に入り込み、彼女の上着を着、そして、ベルトに書かれた彼女の名前にキスしてみたりもする。

しかしその後、「わたし」は彼女と仲良くなる機会を逃してしまい、悶々と過ごす。
そして新年の休暇が明けて学校に帰ってくると、ローザ・ケスレルの姿はなかった。
何か月かが過ぎて、「わたし」は教室でほかの生徒からやっと、ローザがいなくなった理由を聞かされる。
実は、いなくなったのはローザだけでなくもう一人、女性教師もいなくなっていたのだが、その二人が何をしたのか、なぜ、学校を辞めさせられたのかを、あんた今まで知らなかったの?というような感じで、教えられるのだ。(このあたり、ちょっと「仮面の告白」を思いだしてしまう)

寄宿学校を卒業し、どうやら女優になったらしい「わたし」は、学校のあった町を訪れ、生徒たちのクラス写真を撮っていた写真屋を訪れ、ローザ・ケスレルと自分が写っている写真を焼いてもらう。そして、そこに写っている制服に身を包み冴えないに表情をした少女たちを見ながら、彼女のことを考えるのだった。

さて、アンナ・カヴァンの「あざ」である。
十四歳のとき、父親の健康上の理由で地方の寄宿学校に送られることになった「私」は、そこで影のある少女「H」と出会う。
「私」は、「H」がいつも、あともう少し、というところで何かアクシデントが起きて、勉強やスポーツで一等賞をとれないでいるのを見て、不憫に思っている。
二人が友人の関係になることはないまま学校を出て、そして歳月が過ぎるのだが、「私」はあるとき旅先で、「H」ではないか?と思われる人物を、おそろしい形で目撃してしまう。

「ローズ・ルルダン」も「あざ」も寄宿学校が舞台になっており、主人公の回想という形で語られている。
もちろん、アンナ・カヴァンの作品のほうが幻想的な色合いが濃いが、主人公と相手の少女が友情を結ぶことのないまま離ればなれになってしまう点、そして、相手の消息がわからなくなってしまう点など、共通点が見られる。
寄宿学校で過ごした少女時代、そのときのつらい思い出・・・誰かを好きになったり、また、その存在を思いやり気にかけていたのに、うまくいかなかったことが、「回想」という形で、それも、短編ゆえに、さっと短く語られるからこそ(それこそ、一瞬頭に浮かんだ夢のように)、よけいに哀しく、せつなく感じられる。
「彼女」は今、どうしているだろう?
私は今、こうして元気でいるけれど、「彼女」も元気でいるだろうか?元気でいてくれたらいいんだけど?
元気でいたとしても、「彼女」はもう、私のことを忘れているかもしれないけど・・・。

「寄宿学校文学全集」をつくるなら、「五月の霜」(アントニア・ホワイト みすず書房)など、ほかにも入れたい作品はたくさんある。
しかし、まず短編では、「ローズ・ルルダン」と「あざ」。
この二つは、絶対に、欠かせない。









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