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【小説】ラヴァーズロック2世 #54「2世」

あらすじ
憑依型アルバイト〈マイグ〉で問題を起こしてしまった少年ロック。
かれは、キンゼイ博士が校長を務めるスクールに転入することになるのだが、その条件として自立システムの常時解放を要求される。
転入初日、ロックは謎の美少女からエージェントになってほしいと依頼されるのだが……。

注意事項
※R-15「残酷描写有り」「暴力描写有り」「性描写有り」
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
※連載中盤以降より有料とさせていただきますので、ご了承ください。


2世


洗ったばかりのコバルトブルーの花瓶が、テーブルの真ん中に細長く立っている。

多面体の表面についた水滴は、近くの水滴と出会いながら速度を増し、一気に流れ落ちる。

花は一輪も挿されていない。今日、再びここに戻ってきたとき、この冷たい花瓶に生けられるべき花が、はたして誰かの手に握られているのだろうか……。

今日は家族3人で地上に上り、花火を観る日だ。

父は懐中電灯のチェックに余念がない。

全身鏡の前に立つ母はヒョウ柄の全身タイツ。何だか収まりが悪いらしく、身体のあちらこちらのシワをつまんだり、豹の耳の位置を整えたりしている。

ぼくはというと、正直体調があまりよろしくない。朝から何だかだるいのだが、それを悟れたくもなかった。

具合の悪いことがばれたら、当然今日の外出は中止になるからだ。出発さえしてしまえば何とかなりそうな気もするのだが……。

なのに、両親はなかなか出発しようとしなかった。それどころか、ふたりはつまらないことで言い争いになり、テーブルの周りを回る追いかけっこを始めてしまった。

父と母の罵り合いが、しだいに笑い声に変わっていくのを、ぼくはほてった頬に手を当てながら眺めた。

予定よりだいぶ遅れてしまったけれど、3人は何とか部屋を出ることができた。

ドアーズ乗り場までの長い廊下を、父、母、ぼくの順で歩いた。

広い廊下の左右の壁にはドバイの砂丘が映し出されていて、ラクダにまたがったカンドゥーラの男が遠くから手を振っている。映像は安全対策のためにわざと解像度を落としているので、男の表情はつぶれてよく見えない……多分笑っているのだろう。

前を歩くバレリーナ気取りの母が、時々立ち止まっては片脚で立ち、もう片方の脚をアラベスク風に後ろにピンっと伸ばすので、そのたびにぼくはぶつからないように立ち止まらなくてはならなかった。

ぼくらはドアーズの前に着いた。

父が人数と目的地を知らせると扉はすぐに開いた。あっという間に着いてしまうからと、3人はキャビンに入っても椅子に座らず、一定の距離を開けて立っていた。

「今日は、ちゃんと着いてもらわないと……」と父がいった。

このドアーズ移動システムは、精度が高すぎるが故に、過度な快適さが人間の適応力を退化させ、深刻な問題を発生させかねないという報告書が、しばらく前に提出されたという事情があった。それで最近、その問題を回避するために、10回に1回ほどの高い確率で目的地をわざと間違えるよう、システムプログラムが書き換えられたのだ。

母はディスプレイの広告を、車窓を模した風景動画に切り替えた。車窓を流れる偽物の景色を3人は無言で眺めた。実際のドアーズのキャビンは上下左右どちらに進行しているかわからないはずなのに、こうして右から左に流れていく田園風景を見ていると、地上の電車に普通に乗っているみたいで実に奇妙な感じがする。

ほどなくして、ぼくたちは地上に到着した。

ドアーズを出ると、表はすっかり日が落ちていた。

夏の匂い、風はなく、重く湿った空気が夜の底に沈殿していて、響きわたるカエルたちの鳴き声が、闇の遥か向こう側まで空間を押し広げていた。

バス停のさびついた標識の前で、3人はしばらく立ち尽くしたあと、小さな神社と農業機械用の小屋に挟まれた道に入っていった。

割とまっすぐなその道は舗装されていて、車が何とかすれ違うことのできる程度の広さがあった。土が所々に溜まっていて、そこから生えている雑草が腰の高さまで伸びていた。

電信柱の照明灯の白い光が、道案内のように時々現れた。冷え切った空き家がぽつぽつと見えるほかは、荒れ果てた田園が広がっているだけだった。

この先に花火が観られるほどの高い場所が本当にあるのだろうか。

ぼくと母は懐中電灯を持つ父から離れないように歩いた。照明灯の真下以外は懐中電灯がないとやはり不安なのだ。

しばらく歩くと、道の真ん中に黒々とした穴があるのを父が発見した。

近づいてみると、それは穴ではなくアスファルトについた焦げ跡だとわかった。

周りには使用済みの手持ち花火が散乱していて、それを見た母が一瞬不安そうな顔をした。近ごろの地上では、穴よりも人の痕跡のほうが遥かに危険な場合があるからだ。

月を隠していた雲が流れ去ると、暗闇に慣れた目に景色らしきものが映り始めた。

父は懐中電灯のスイッチを切った。

遠くの空にはまだ雲がかかっていて、その星のないダークグレーを背景に、黒く塗りつぶしたような山並みのシルエットが映っていた。

父と母が並んで歩き、ぼくはその後ろを離れたり近づいたりしながらついていった。

頬が火照り始めた。具合はそれほど悪くないのだが、確実に発熱していることだけはわかる。

ぼくは熱を出すたび、何だか懐かしい気持ちになるのだった。

思い出すのは、まだ幼かったころの運動会。運動会当日、あの日の朝のことを……。



そのころ、家族は高台の一軒家に引っ越したばかりだった。

初めて自分の部屋を手に入れたぼくは、ひとりで寝ることの楽しさと、何ともいえない孤独感を味わう日々を過ごしていた。

運動会の日、ぼくは朝早く目覚めてしまった。

布団を跳ね除けて起き上がったぼくは、もうすでに体操着を着ていた。運動会が待ちきれず、母に買ってもらったばかりの純白の体操着を着たまま布団に入ったのだ。

ぼくは素足に運動靴を履いて外に飛び出した。

外はまだ薄暗かった。高台から見下ろす街の向こうから、ちょうど朝日が昇り始めていた。

曙光が家々を縁取るような影を作りだし、街並みをゆっくりと浮上させる。

目と鼻の先にある学校の校庭が団地の隙間から少しだけ見え、2本の万国旗が斜めに交差しているのがわかった。

運動会が始まる前の学校はいったいどんな感じなのだろう。ぼくはそれを確かめたくなってしまった。が、白い体操着姿の少年は、躊躇しながら高台でしばらく立ち尽くしていた。ぼくは、正直それほど自由奔放な子供でもなかったのだ。

少年が立つ狭い車道は、眼下の町に向かって真っすぐに下っていて、広がる町並みのど真ん中を突っ切り、その先の遥か向こうまで続いていた。

風が坂の下の遠くの植込みを揺らしながら、こちらに向かって吹き上がってくるのが見えた。

目をつぶり身体を開いて、ぼくはその風を待ち構えた。風の塊が音となって迫って来る。

今だ。掌に軽い重みを残しながら、風は身体を通り抜けた。

次の瞬間、ぼくは走り出していた。

今度は自分自身が走ることで作り出される風の形を、両の掌に感じながら一気に坂道を駆け下りた。

他人行儀な呼吸と鼓動が、学校へと続くいつもの道をまるで違ったものに感じさせる。

普段は歩いて登校する通学路をぼくは休まずに走り続けた。

校門には〈大運動会〉と書かれたベニヤ板が飾られていた。鮮やかな文字と、その周りを囲むピンク色の手作り花に思わずうっとりしてしまう。

ぼくは恐る恐る校門をくぐった。

冷え切った無人の校舎。校内にはまだ誰もいないようだった。整えられた校庭には真新しい白線が引かれていて、その上を色とりどりの万国旗が交差していた。

ぼくはため息をつくと、長い時間をかけてその眺めを味わった。

校庭の遥か向こうで何かが動いた。

自分と同じ白い体操着を着た生徒がひとり、こちらを見ている。

背が高いので、明らかに上級生であることだけはわかった。

どうやら、こちらに向かって手招きしているようだ。

ぼくは気づかないふりをしてやり過ごそうとした。それは単純に恐怖からだった。

そのころ、ぼくにとっての上級生は、粗野で暴力的で、先生の目のとどかないところでは何をしでかすかわからない、〈輩〉以外の何物でもなかったのだ。

上級生は手招きを続けながらもこちらに近づいてくる。周辺視覚にそれが映る。

「おい! おいって呼んでるだろ!」

そう不満げに話しかけてくる上級生は、かなり痩せていた。それは病人のような異常な痩せかただった。

「だって、気づかなかったから……」

ぼくは言い訳をしながら、上級生を上目遣いに観察した。

かれは痩せてはいたが、頬だけが下膨れでぽっちゃりしていた。目が赤く充血していて、瞬きが異常に多い。

自分と同じ体操着を着ているのだから上級生に間違いないのだが、かれを学校で見かけたことは一度もなかった。胸についたゼッケンも、文字が薄く消えかかっていて全く読めない。

そうだ、きっと病気か何かで学校を休んでいた上級生が、運動会を期に特別に戻ってきたのだ、とぼくは自分に言い聞かせていた。

「点検だ、点検」

上級生はそういうと、運動会用の装飾品や用具などをいちいち指先で触ったり、掌で撫でまわしたりしながら歩き回った。

ぼくは上級生の後ろについて回り、かれの一挙手一投足を真似し続けた。

そんなことを繰り返すうちに、幼かったぼくは、この単純な遊びがだんだん楽しくなってしまった。あのころのぼくにとって、上級生たちはかなり大人に見えていたので、かれを真似することで少しだけ成長した気分になっていたのかもしれない。そんなぼくの態度を見て、上級生も何だか誇らしげな表情になっていくのがわかった。

点検を一通り終わらせ、ほぼネタも尽きたらしい上級生は、いきなり地べたに寝転んでしまった。

仰向けになり長い手足を広げて大の字に横たわる上級生を、ぼくは戸惑いながら見下ろした。

これはできない。まるで影のように全ての行動を真似してきたぼくも、これにはさすがに躊躇してしまった。

買ってもらったばかりの体操着、その白い背中が土色になるのをぼくは想像した。けれども、土の上に寝転んだらいったいどんな気分なのだろう……。

「ああ、気持ちいいなぁ」

上級生は目をつむったままそういうと、大きく息を吐きだした。

「お前もやってみろよ」

「うん……」

押さえこんでいた好奇心は、かれの一言であっさり解放されてしまった。一瞬でぼくは、後先を考えないひとりの無鉄砲な少年になって、上級生の横に寝転んでしまった。

まっさらな体操着の背中が地面に着いた瞬間、何ともいえない感情がこみ上げてきて、思わず「ああ……」と声を漏らしてしまう。

上級生も「ああ……」と真似をする。はじかれたように笑うふたり。

朝の土の心地よい冷たさが背中からしみ込んできた。青空には雲一つなく、吸い込まれそうなくらいに高い。

横を向くと上級生は目を閉じていた。ぼくも目を閉じる。そのままふたりはしばらく黙って横たわっていた。

自転車の荷台の牛乳瓶が触れ合う音、遠くの商店街でガラガラと開けられるシャッター、新聞配達のバイクの加速音がそれに重なる。

背中を地面につけたまま目を閉じているぼくは、まるで音世界の中で浮遊するように、はるか上空から早朝の街を見下ろしていた。

しばらくしてふたりは立ち上がると、背中についた汚れを互いに払い落とした。

唐突に上級生はスニーカーの爪先で地面に線を引き始めた。

そして校庭の向こう側、遠くにあるタイヤステップが並んでいる辺りを指さすと、あそこまで走って早くタッチした方が勝ちだ、と言い出した。

「白線は踏んだらダメだぞ、怒られるから」

上級生の真似をしてクラウチングスタートの姿勢をとる。

「よ~い!」

息を止めると、世界は一瞬無音になった。

「パーン!」

遠くの空でスターターピストルが鳴った。

ぼくは勢いよく前のめりに飛び出した。こんなに心地良い緊張感は、今までに経験したことがなかった。

しかしスタート直後、顔を上げたぼくは自分の目を疑った。

同時に走りだしたはずの上級生が、もうすでに校庭の真ん中あたりを走っていたのだ。

体格差が大きいのだから、上級生には決して勝てないだろうとは思っていた。が、これはさすがに速すぎる。

ぼくは追いつくのは無理だと思いつつ、何故だか悔しくなって全力で走っていた。

スニーカーが土を蹴る音と、荒い呼吸音が混ざり合う。

すると、信じられないことに上級生との距離はみるみる縮まり、あっという間に追いついてしまったのだ。

レースを面白くするためにあえて減速し、下級生が追いついたところで猛ダッシュする魂胆ではないか、とも思ったが、そうでもなさそうだ。

上級生に追いつき、ちょうどふたりが並んだとき、ぼくはかれの様子を横目で見た。

かれは苦しそうに、本当に苦しそうな表情で一生懸命に走っているのだった。

病気のせいで持久力がないからなのか、腕を大きく振り、腿も高く上げている割には、ほとんど前に進まなくなっていた。

このままでは自分が勝ってしまう。下級生が決してやってはいけないこと、それは上級生に勝つことだ。

ぼくは速度を落とし、上級生の様子をうかがいながら、ゆっくりと走るほかはなかった。

苦しそうなかれを見て可哀想になってしまったぼくは、「がんばれ! がんばれ!」と声をかけながら並走した。

そうこうしているうち、ついに上級生は全く前に進まなくなってしまった。

両腕両足を必死に動かしているのだが……まるでその場で腿上げ運動をしているみたいだった。

やがて、かれの目の焦点は合わなくなり、大きく開けられた黒い口からは、およそ人間とは思えないような唸り声が……。

手足の動きも、走っているというよりは溺れているような、まるで関節の外れた手足でもがき苦しんでいるような様相になってきた。

ぼくは恐ろしくなり思わず後ずさりした。そして、もうこれ以上は無理だ、と心の中で叫び、その場から逃げ出してしまった。

校門を通り向け、家を目指して坂を駆け上がった。荒々しい息遣いと、のど元まで上がってくる心臓の鼓動。聞こえるのはそれだけだった。

家に着き、階段を駆け上ると布団に潜り込んだ。

しばらくは震えが止まらなかった。そして、掛け布団を頭からすっぽりとかぶった時に訪れる静寂と暗闇が、なお一層恐怖心をあおるのだった。

どれくらいたったころだろうか、階段を上がってくる母の足音がした。

ぼくは具合が悪いから運動会を休む、と布団にくるまったまま母にいった。

「へえー、そう」

普段であれば布団をはぎ取って、無理矢理にでもたたき起こしにかかる母であったが、どういうわけか、今朝は驚くほどあっさりと受け入れてくれたのだった。

そのあと、ぼくは食事も拒否して布団の中にもぐり続けた。

やがて疲れ果てたぼくは、いつの間にか眠りに落ちていった。

夜中に雨の音で目が覚めた。猛烈な勢いの雨が屋根を叩く音が聞こえた。

体中汗びっしょりだった。けれど、布団からは絶対に出たくないと思い続けていた。

ぼくは、また浅い眠りに入っていった。そして、夢を見た。

夢の中で、ぼくは夜の校庭にひとり立っていた。

前がはっきり見えないほどの土砂降りで、校庭にたまった雨水はくるぶしにまで達していた。

サッカーゴールらしきものの中央に、人影がぼんやり浮かんでいた。

ぼくはその人影に向かってゆっくりと歩き始めた。

近づいてはいけない、それ以上近づいてはいけない、と思いながらも、足は勝手に前に進んでいき、自分では止めることができないのだった。

近づいてみると、人影はその場で激しく暴れているのがわかった。ぼくは躊躇しながらも、更にゆっくりと近づいていった。

人影の正体は、あの瘦せた上級生だった。

かれは雨のシャワーを浴びながら走り続けていたのだ。

グチョグチョに濡れた体操着。顎からはものすごい勢いで雨がしたたり落ちている。手を激しく前後に振り、腿を高く上げて、いかにも全力で走っている風であったが、実際は全く前に進んでいないのだった。

あれからずっと走っていたの? ぼくはそう訊ねようと、かれの近くにもう一歩近づく。

すると突然、呼吸が苦しくなってしまう。

近づいてみてわかったのだが、異常なまでに大きく見開かれた上級生の目や口は真っ黒で、中には何もなく、文字どおりの〈穴〉になっているのだった。

激しく振り回されている手足も、よく見ると関節が完全に外れており、まるで糸をでたらめに振り回されている操り人形のような動きだった。

そして、ぼくの耳には、それら全てを激しく叩き続ける猛烈な雨音だけが押し寄せてくるのだった。

ぼくは身動きができず、目を閉じることもできなかった。冷たい金属の棒のようなものが、ゆっくりとみぞおちに食い込んでくるようで全く息ができない。ぼくの見開いた瞳からは、涙がとめどなく流れ続けた。

目覚めると身体は汗でびっしょりと濡れていた。

辺りは暗く、まだ夜のようだ。

雨もいつの間にか上がっていた。

その後ぼくは熱を出し、学校を3日ほど休んだ。



道草をしながら歩いたので、ぼくと両親の距離は次第に離れていった。

道と田んぼの間に用水路のような小川があって、そのほとりに背の低い真っ白な花が泡立つように咲き乱れていた。

月明かりに照らされた白い花弁……ぼくは厚みを確かめるように、人差し指と中指で優しく挟んでみた。花びらはひんやりと冷たく、表はなめらかだが裏側は少し指に引っかかるような感じがした。ぼくは鼻を近づけ、甘くて青臭い命の匂いを嗅いだ。

道はいつの間にか緩やかな上り坂になっていた。

両親は、坂の途中の一軒家の前でぼくを待っていた。

父は家を懐中電灯で照らし、傷み具合を確認しながら、ぼくが生れる前、ふたりはこの家で暮らしていたのだといった。それは、どこにでもあるようなありふれた一戸建てだった。

「やっぱり入ってみようよ」と母。

ぼくは首を横に振った。

父は懐中電灯で前を照らしながら、玄関に向かって歩き始めた。

母は笑いながらぼくの背中を押した。

配電盤を見つけた父がブレイカースイッチを上げると、廊下の照明がついた。

「お前は2階な」

父は眩しそうな顔つきでそういうと、奥に向かって真っすぐに伸びる廊下を歩いていった。

ぼくは反抗的な態度でしばらくその場に立ち尽くしていたが、怖がって2階に行くことができなかったと、ことあるごとに笑い話にされても困ると思い、しぶしぶ階段を上がっていった。

2階の廊下は、1階とは打って変わって真っ暗だった。けれど、そのおかげで左側の部屋のドアの隙間から光が漏れていることを気づかせてくれた。

見なかったことにして引き返すか……あるいは父を呼びに行って開けてもらうか……。でも、結局は若気の至りというのか、子供っぽいプライドが恐怖心に打ち勝ってしまう。

ぼくはドアを少しだけ開けると、恐る恐る中の様子をうかがった。

古い家屋の匂いに混じって、ムスクのような甘い香りが漂ってきた。

確かに人の気配がする。ぼくは引き込まれるように部屋の中に入っていった。

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