「人と同じものを見よ」(掌編小説 お題:クオリア)

「無理でしょ」

当たり前だといったトーンで、少女は言い捨てた。一蹴された少年は呆気に取られてから、ふっと息を吐いた。苦笑を浮かべる。

「冷たいな」
「そう?でも、無理なものは無理だわ」

「人は同じものを見られるか?」というのが、本日の二人のお題だった。少年が持ってきた題なのだが、それを口にした瞬間元も子もない結論を言われるのだから、少年は乾いた笑みを浮かべるしかない。

「だって、私たちは同じ種族であっても違う個体じゃない。違うものが見えていたって可笑しくないわ」
「まあ、完全に一致する構造というのはありえない話かもね」
「さらに『感覚』なんていう、言葉で表すのも難しい訳の分からないものが上乗せされるのでは、全く同じものを見るなんて、無理な話でしょ。私たちは『同じものを見ている』と認識することしかできないわ」
「でも、どうやってそれを認識するの?同じものは見られないんだろう?」
「そりゃあ、『言葉』でしょう」
「言葉?」

少年がオウム返しに呟くと、少女は頷いた。

「例えば、私には太陽が白く見えていても、あなたには赤く見えているかもしれない」
「うん」
「でも、『太陽の色は白だ』という言葉……決まりがあれば、私が見ている『白』は、あなたの『赤』と同じなのだと思う」
「ええと、どういうこと?」

少年は怪訝そうに少女を見た。言いたいことは何となくわかるような、わからないような。

「『白』という言葉は、誰の間でも相違ないでしょう?」
「言葉はね」
「ならいいのよ。私の『白』があなたにとって私の『赤』でも、あなたはそれを『白』と認識しているのだから、私たちは『白』を『白』という言葉で共有してる。見えている景色が違っても、認識は同じだわ」

少女はにやりと笑った。少年は頬を引くつかせた。

「それ、屁理屈って言わない?」
「あら、哲学なんて屁理屈の押収よ。大体、私たちが見ているものが同じかそうでないかなんて、証明しようがないのに。考えるだけ無駄ね」
「……その無駄なことを考える部活に入っている君は何なのさ」
「青春したかったの」

少年は「多分青春し損ねてるよ」とは言えず、口を噤んだ。


2019/07/08
お題「クオリア」
掠ってるのか逸れてるのかわからなくなりました。笑

掌編小説(800字程度)のお題を募集しております。1件目は哲学的なお話でした。哲学って考えれば考えるだけ、その言葉の定義が自分の中でブレそうになって難しいですよね。そもそも哲学において、何かを定義するというのが不要なのか。定義を考えるものか。

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