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小さな世界のお話(掌編小説:お題「雨降る日の怪談」)

梅雨の日だった。しとしと雨が降っていて、休業中のお店の屋根を借りて雨宿りをしていた。小雨なら傘がなくとも帰れはするのだが、その日は何となく、のんびりと雨が止むのを待とうと思った。

(……天気予報士はよく嘘を吐く)

全てはデータではないということか、はたまたデータの読み違いか。どちらでも構わないけれど、信じている身にもなって欲しい、と内心ごちる。

「こんにちは。雨、止まないね」

不意に、横から幼い声が聞こえてギクリとした。いつの間に、隣に人が来たのだろうか。どきどきと大きく鳴る心臓は無視して、そちらに顔を向ける。

どこか楽しげな表情の少年が立っていた。目はくりっとして黒目がち。目鼻立ちがはっきりしていて、これは将来放っておいてもらえないなと思った。

しかし、本当に、いつの間に。怪訝そうに少年を見てしまっていたのか、彼はきょとんとした後、からっと笑った。

「お姉さん、ぼーっとしてたから。だから僕に気づかなかったんだね。驚かせてごめんね」
「ううん、確かにぼーっとしてたから」
「何か考え事?」
「天気予報士の嘘つきって文句言ってたの」
「天気予報士さんは、嘘つきなの?」
「……今日はね」

今日の予報は外れたから、今日の天気予報士は嘘つき。だから、明日や明後日の天気予報士が嘘吐きかそうでないかは、何とも言えない。

「よかった。嘘つきは泥棒の始まりだから、その人が泥棒だったらどうしようって思ったけど、日によって違うなら、その人はきっと泥棒ではないね」
「そうだね。多分、一生懸命仕事をしている人だよ」

少年はにっこりと笑った。それから、半ズボンのポケットからごそごそと何かを取り出す。

「お姉さんにこれあげる」
「ビー玉?」

少年から手渡されたのは水色のビー玉だった。乾いた泥がついていて、ざらりとした土の感触が伝わる。

「本当は、お母さんにあげようと思ったんだけど……もう会えないから、優しいお姉さんにあげる。それ、空を閉じ込めたみたいで綺麗でしょ?」
「……そうだね」
「大切にしてくれると嬉しいな」

少年はそう言って、くるりと体を翻した。何の迷いもなく、軽やかなステップを踏んで暗い路地に向かっていく。
路地に入る前に、少年はこちらを振り返った。綺麗に、笑う。

「雨、止んだよ」

多分、二度と会えないのだろう。






「…………という怖い話でした」
「もしかして凄く良い話なのでは」


2019/07/12
お題:雨降る日の怪談

怪談と呼べるかわかりませんが、書いてみました。お題提供ありがとうございました!

一応、前回の「人と同じものを見よ」の哲学部の2人が怪談話していた設定です。

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