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愛し君へ(掌編小説:お題「朝焼け 夕顔)


真っ赤に染まる雲は、燃え盛る炎にでも包まれているようだ。
ふ、と息を吐いて横の少年を見る。自分から「朝焼けが見たい」と言ったくせに、呑気に欠伸をしている。

呆れながら、朝焼けに視線を戻す。あの雲に触れたら熱そうだな、と思った。そりゃあ、あの綺麗な白い花も萎んでしまうわけだ。

「眠い」

隣の少年が呟く。人をこんな所まで連れてきて何を言っているのやら。失礼だと思わないのか、と溜息を吐く。

「呆れた。人を誘っておいて、無様なものね」
「……『無様』を使う高校生、初めて見た……」
「あら、初めまして」
「はい、初めまして」

眠いと言うだけあって、返事が適当だ。

「朝弱いのに、どうして見たいと思ったのかしら」
「いや、最近読んだ本がな……」

彼が最近読んでいた本とは何だろうか、と記憶を掘り起こす。とは言え、人が何の本を読んでいるかは興味がなくて、頭の引き出しには目当てのものは入っていなかった。けれど、予測はできる。

「"心あてに それかとぞ見る 白露の 光そへたる 夕顔の花"」
「…………俺に光源氏になれってか?」

どうやら当たりのようだ。にやりと笑って少年を見る。

「嫌よ。タイプじゃないもの」
「あっそ」
「あなたはプレイボーイになれそうにもないし」
「はいはい」
「それに、私は誰かに呪い殺されるなんて真っ平御免よ」
「……誰だってそうだよ」

少年がじとりと見てきた。くすりと笑いが漏れる。

「暗闇の中で震えるのも、キャラじゃないし」
「お前は怨霊が居てもスルーしそうだな」

少年が苦笑いを浮かべる。何となく、こういうやりとりが好きだなと思った。少年との会話のテンポは心地良い。

朝焼けを見る。この美しい景色を愛しの君と見ること叶わず、最後まで怯えながら逝ってしまった姫君は、果たして幸せだったのだろうか。自分なら、彼に声を掛けたことを後悔するのではなかろうか。いや、そもそも声なんか掛けないと思うけれども。

だって、横で欠伸をして涙を浮かべる平凡な少年の方が、自分は愛せると思うのだ。


2019/07/27
お題「朝焼け 夕顔」

お題提供ありがとうございました!
夕顔といったら『源氏物語』!と思い、短歌を引用させていただきました。

夕顔のエピソード、好きなのですよね。
小学生の頃に読んだ訳ですが、結構覚えています。

今回書けて良かったです!
最後までお読み下さりありがとうございました。

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