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「そんなところにも、ガンができるの?」

 と聞かれるけれど、そうなのです。

 私は頭頸部再建外科医で、主な治療対象は頭頸部癌です。頭頸部は、頭と頸(首)の部分と書きますが、顔も含めて首から上全部のことです。
 一般にガンと呼ばれるものには、上皮性がんや肉腫も含まれるており、それこそどこにでもできます。でも、よくできるのは上皮性の癌で、主に粘膜や皮膚にできます。舌癌や喉頭癌は比較的多く、著名な方が罹患したというニュースもあります。それ以外にも、鼻の中、副鼻腔とよばれる頬や眉間の奥、歯グキ、ほっぺたの裏側、のどちんこを含むノド、ベロのずっと奥の方、喉頭と食道の間など、決して少なくはありません。といっても、乳がんや肺がん、胃がんなどに比べるとずっと少ないですが。

 がんの怖いところは、周りを壊して大きくなることと、正常との境界が分からないころです。だから、手術で取りに行く時は、見た目より大きくとらなくてはいけません。例えば、歯グキのガンをとる時に、その下にあるアゴの骨もとらなくてはいけないことも、よくあります。リンパにとんでいる可能性もあるので、広く首のリンパ腺をとらなくてはいけないことも、よくあります。だから、頭頸部のガンは顔とか声とか、見た目とか機能、つまり、日常生活だけでなく社会生活において重要なところが一緒にとれることがあり、再建に特別な注意を払わなくてはいけないのです。

 以前のエッセイで、頭頸部再建はまだまだ3合目付近と書きました。頂上は、病気になる前の一番健康な状態です。どのような治療がなされているかというと、多くの場合、自分の体の一部を移植します。腸や筋肉を移植することもありますが、皮膚と皮下脂肪、骨が主です。これで形を作るだけです。どんな形を作るかと言うと、見た目をよくするのはもちろん、残った臓器の機能を邪魔しないようにすることや、入れ歯をいれやすくすることを目的とします。取られてしまった部分に動きや機能が少なければ、その分再建はやりやすくなりますが、舌や表情筋など、動きが重要なところはとても難しく、現時点ではあきらめざるをえないことがほとんです。

 外科技術がこれからどれくらい伸びるか分かりませんが、歴史的に見ると道具の発展に頼るところが大きく、おそらく50年前の外科医と今の外科医を比べても、手先の技術の差はほとんどないと思います。これからも細胞治療や機械の方が発展するかもしれません。では、われわれ再建外科医は何をするのか。目の前の患者さんに、可能な限りもっともよい方法で再建手術をするだけです。再建手術の分かりやすいところは、頂上が見えていることです。まだ3合目付近でうろうろしていても、明日来るかもしれない患者さんのために、常に次の一歩をどこに踏み出すか考えています。

 そんなところにも、ガンができちゃうのです。だから、われわれ外科医も含めてすべての医療関係者や科学者が総力をあげて明日を作っています。われわれの仕事もなくなりますが、ガンがなくなることが、一番の理想ですね。


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