擬人類の恋人


 小さく揺らめく蝋燭の向こうに、その姿はあった。それは僕一人のときにしか現れない影であり、影の癖になんだか人に気をつかっているような気がする。時空も空間も自由に行き来ができるというのに彼はいつもこちらの具合を伺っているのだ。まるで犬のようだと思う時もある……ニャってついてるけど。
 今大丈夫ですよ、と声をかけてあげるとかれはするりと影から姿を現す。久那誉礼の姿をしたニャルラトホテプ。いや、ニャルラトホテプの姿を借りた久那誉礼なんだろうか。どちらにせよ人間ではない登場の仕方をするのにはもう慣れっこだ。
 夜の帳が下りて、桂さんが居ない時を狙ってくる。しかも最近しょっちゅう現れる。
「今日は何の用事ですか? また人生相談?」
 ニャルラトホテプに人生相談ってなんだか面白いけれど、けれど姿は久那さんなものだから別に違和感がない。彼は人間こそやめたけれど、悩むことは多いようだ。生きていた頃と変わらない顔をした久那さんは、ううんと唸る。
「恋愛相談、ですかね」
「何度も言ってますけど、僕だって分からないことのほうが多いんですよ。なんで直接聞かないんですか」
 彼の悩みは専ら最近付き合ったという『彼氏』のことだ。その人は僕のほうが知り合い歴が長いからって、何故か僕に質問する。何で人間はすぐ付き合うって言うんですか。何で人間は身体の関係を持とうとするんですか。なんで人間は……って人間って人それぞれなんだからそんなの聞かれてもわからないし。わからないと答えるのは癪なので言葉を選んで伝えるけれど、正しく伝わっているかどうか、よくわからない。
「最近はいつ会ったんですか」
「あの日から会ってないです」
「なんで会いに行ってあげないんですか」
「どんな顔すればいいか良くわからなくて」
「童貞の挙動だ。ニャルラトホテプなのに」
「うるさいなあ。ニャルラトホテプの化身の中にだって童貞が居てもいいんです〜」
 拗ねたように口を尖らせる仕草は、僕より年上だったはずなのに酷く幼く見える。ニャルラトホテプの化身になって感情が豊かになってから色々驚くことは多くなったけれど、けど良く考えたらご親族と電話で話をしていたのを聞いたときは、結構フランクな話方だった気がする。僕らに見せる態度と家族に見せる態度って、そりゃあ違うもんだとは思っていたけど、それでもあの時は少しだけ心が傷んだなあ——。
「ねえ、どうして日輪さんなんですか」
 そもそも疑問だったのだ。なんでよりによって日輪さん? 確かにあの人はいい人だとは思うけれど。若干推しも強いし、明るい人だし。けれど久那さんとひっつくとは……真面目にニャルラトホテプとして存在しようとしているようなそんな久那さんと一緒になるとは思わなかった。——一緒になるとは言っても、見たところコミュニケーションが取れていないようだから今後どうなるかはわからないけど。でもなんで、なんでよりにもよって、こんな近くに。
「似てると思ったんですよ」
 人間みたいに、目尻を細めて久那さんは笑う。
「遠くない未来にもう一度”あれ”があったとして、彼はきっと同じように選ぶだろうと」
 この次元ではそう遠くない過去に、僕らと彼らは道を違った。久那さんの目はその事を言っているのだということがすぐにわかった。確かに日輪さんは、そういうところがあるかもしれない。そうでないという否定をする術を僕は持っていなかった。だってきっとそうなったら久那さんがそうしたのと同じように、僕らは、僕は。
 久那誉礼は、口角をあげて高らかに続ける。
「あとは……そうですね、人間と付き合うっていうのを体験してみたくて。人間は人間ではない者と付き合うとどうなるのかなあ。どうやらあの人、おれが人間じゃないって分かっていて付き合っている節、あるみたいだし」
「日輪さん……」
「だからおれの“本当の姿”を見せた時、どんな顔するのか、今から楽しみなんですよね」
「……貴方がニャルラトホテプだってこと、今更思い出しました」
「いやだなあ。忘れないでくださいよぉ」
 あなたがおれをそうしたんでしょう。と、そう聞こえた気がした。久那さんはそんなこと言わないのはわかっているんだけど。
 ニャルラトホテプは人間を玩具のように見ているから、それで日輪さんとそういう関係になったのか。久那さんの自我はどこまであるのか。じゃあ、彼は日輪さんを玩具としか扱っていないのか。それは本当かウソか。日輪さんはそれでいいのか。人のことをとやかく言うことじゃないけど、なんだかそれは成り立っているようで成り立っていないような、そんなふわふわしたままでいいの。
 昔の自分だったらおせっかいだとわかっていても、やっぱりダメだって言ってたかもしれないけど。多分、この人には何を言ったって無駄だろう。だって彼はニャルラトホテプ、這い寄る混沌。人間の気持ちをかき乱すのが趣味なところがある、人間に似た闇をさまようもの。
「程々にしてくださいね……。あの人身体弱いんだから」
「どうせ会うのは夢の中だけですから」
「今のあなたなら顕現できるでしょうに」
 肉体のないニャルラトホテプであったとしても、過去の文献を探ると色んな姿で人々を惑わしているようだった。時に神父だったり、時に美女だったり。久那誉礼として現れることは容易いはずなのに。頑なに現れないのは彼の人間の部分が残っているから、恥ずかしいとか? ニャルラトホテプなのに? なんだかもうよくわからない。ていうかこの人のことを考えるの、とっても疲れる。悪意を持って愚痴を零す。
「意気地なし」
「なんとでも」
 我関せずという感じで彼は気が済んだのか、闇の中にまぎれた。声だけが、部屋に響く。
「じゃあ、配偶者さんによろしく」
「どうも」
 蝋燭の火と共に、彼の姿が消えて辺りが暗くなる。夜の気配を感じて、僕は無性に桂さんに会いたくなった。

180116
せさみ

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