さびしさをしかくにして

※【仰ぎ見る遡行】のネタバレ有り

これは罰だと、おれはそう思う。
遊びだと言って、彼女らはシナリオの中に役者を投じ、おれは箱庭の中で演じる。それはあの選択で負けてしまった——本当の意味でのエンディングを迎えられなかった、おれの罪であり、罰だとそう思えてきた。噛み締めながら生きているか死んでいるかもわからないこんな空間で息をする。
逃げられずいいように使われて、もう死ねない身体ってことをいいことに何度も何度も繰り返し、悪夢の中に身を投じる。おれが嫌だと言ってもそんなのは関係ない。だっておれは駒にすぎないし、そういう世界でこちら側に来てしまったのだから、きっと彼女が「おしまい」って言えば、そんな気持ちなんてもうなかったことにすらなる。おれは駒だから。感情の持っている空の駒。システム上の感情が組み込まれた駒。それ以上でもそれ以下でもない。だっておれはあの時に死んだのだから。
しかし死んでからのほうが人生楽しくなったのも事実。恋人もできた、脱童貞もできた。ついでに脱処女も。知らなかった世界を知ることができた。いろんな人間を見ることができた。これは邪神になってからじゃないと得られない感動。もはやこの感動はシステムの上でなりたっているものなのか、それともおれ自身の気持ちのものなのかはもうよくわからない。よくわからないけど、おれが死んでしまったことで、ある人間との距離が縮まった。これは紛れもない事実。それは喜ばしいことだ。そこで生まれた感情が嘘の上に成り立っていたとしても、それでもいいって思えるようになれたから、もうそれでいいような気がしてくる。おれは駒だけど、駒じゃないんだって言い切れる、唯一の。

日輪遂は、軽い見た目の割にやたら人情味にあふれてて、世話焼きで、それでいて寂しがり屋だった。口は回るのに本当のことは言わない。面倒な人。それに便乗するかのように、おれは人の気持ちというのがわからないという人間にあるまじき設定にされたので、本当にこの人の気持ちがわからない。まるで何かフィルターがかかったように読むことができない。ニャルラトテップになれたんだったらさ、人の気持ちが読めるオプション付けてくれよとは思うけれど、つけたからって、この人の本当が分かるかと言われたら、理解はできても共感はできないだろうなと、そう思う。でも、人間だった時にそれができたかと言われたら、それもできると言い切れない。おれは最初から空っぽだから。おれはあの日の為に生まれてきただけだから。
それでもどうやら彼は、おれの「人間」である部分を大切にしたいらしい。おれが邪神だということは目をつむって、まるで人間のようにやさしく扱ってくれる。おれはそれを不毛だと思う。もう人間じゃないんだから、今更そうやって悪あがきしても何もないのに。
日輪遂はとても優しい人間だ。でもその優しさって、どうして生まれるのか、わからない。ねえ、おれはこのまま進んでも、あなたのことがわからない気がするんだ。邪神は人間の心がわかるのかが知りたかったんだ。あなたもそうでしょう、未知のものに触れ合って、楽しそうだから進んだ道だったんでしょう。それって、お互い興味本位だったってことでしょう。興味って、きっとすぐに薄れる。ねえそうでしょう。日輪さん。
ああ、おれはもしかしたら間違えたかもしれないんだと最近常々思う。だから迷ったんだ、最初に。結局押し切られてしまったけれど、この状態で人間と付き合うっていうのは、きっと何もかもうまくいかないっていうのはわかりきっていた事なのに。それでもこの虚しさを埋めてくれるものが欲しかった。何の為に生まれてきたかわからなかったおれに、理由を与えてくれる気がして、おれはあなたの手を取ったんだ。
虚空に満ちた声は、きっと形にならなくて。すべてが虚しくて、全てが愛おしくて、なんでもないのに心が痛い。分かりきっていたことだろう。それなのに何を期待しているんだ。チリチリと積もっていく絶望に身を委ねてしまった時、おれは一体何をしてしまうのだろう。かみさまになったのに、この世界は分からないことだらけだ。

彼は、とても寂しがり屋だ。何かに縋ってしか生きられない、かわいそうな人。そうしてきっと彼も同じように、おれのことをかわいそうだって思ってる。うん、おれはかわいそう。だってかわいそうでしょう? 死んだのに死にきれなくて、人間じゃないのに人間のように扱われて。いったいおれは何者なんだ。おれを好きだと言ったあなたは、一体何者なんだ。なにもなれないおれたちは、とてもかわいそう。誰かのためじゃないと生きられない、おれたちはかわいそう。不毛な心にいちいち感情をあらわにしている、彼はかわいそう。かわいそうだから、お互い慰めあってる。
そんなかわいそうなおれたちが傷を舐めあって、身体を重ねて。今だけ見つめることが、何が悪いのだろう。

おれたちに、未来なんてありはしないのに。

20180214
せさみ

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