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メヒコ!インメトロ カタールワールドカップ観戦記③

僕のカタールワールドカップは、思いもよらない歓迎で幕を開けた。

ワールドカップ仕様の入国スタンプを押してもらい、これでようやくカタールに入国だ。飛行機はハマッド国際空港ではなくてドーハ空港に着陸した。

少し小ぶりなロビーでオーレドゥの発行している無料のSIMを手に入れた後、僕はついにカタールに一歩足を踏み入れた。

自動ドアが開き一歩外へ踏み出すと、途端に空気の重くるしさを感じた。地面に照りつける太陽はどうやらその暑さだけでなく、日本では体験しえない紫外線をも身体に供給しているようだ。暑い... と思わず声が出た。ドーハはまだ夏である。

ハマッド空港から宿泊予定のホテルまでシャトルバスが出ているらしいので、タクシーを利用してまずは空港に向かうことにした。

タクシーを降りると、今にも出発しかかっていたバスを発見し、乗り場まで急いで向かった。手を大きく左右に振り、「さあ、乗り込め!」という運転手に会釈し僕はバスに飛び乗った。

僕がとっていたのは、ドーハの中心地から南東へ15キロのところにあるアル・ワクラ市内のホテルだった。東端がペルシャ湾に面しているアル・ワクラは、古くは真珠産業で発展したカタール第二の都市だったらしい。海沿いにいくつかのスークがあったので、その面影を感じることができた。

そうこうしているうちにホテルに着く。レセプションテントに行くと、モロッコ人がたくさんいる。

テントでできた仮設の受付で鍵をもらい部屋に入った。

綺麗なベッドが2つ、ロッカーが4つという簡素な作りだったが、とても清潔だったので安心した。日本を出てから丸一日経っていたので思わずベッドに飛び込みそうになったが、うかうかしている時間はない。まずは街へ繰り出さなければいけない。僕は最低限の荷物をウェストポーチに詰め、ホテルを飛び出した。

アルワクラ駅までのバスの中で、一人のドイツ人のよく日焼けしたおじいさんと話をした。どうやらこれから二人の友達と合流し、東のビーチに行くらしい。

「カタールに来たらビーチに行ったほうがいいぞ!」

と勧められたのだが水着も何も持ってきていない。持ってくればよかったなと思っていると、そのおじいさんは、

「それより明日の試合だよ。日本にはいい選手がたくさんいるね」

と言い、堂安、遠藤、富安…と何人かの日本人選手の名前を挙げた。地元ドイツのブンデスリーガでは多くの日本人選手が在籍しており、日頃その活躍を見ているのだろう。

「明日は必ず日本が勝ちます」

と僕が言うと、おじいさんはそうかそうかと笑顔で優しい握手を交わしてくれた。彼の笑顔はたくましく、そして若かった。

本当にみんないい顔をしているな、と思う。空港で出会った人、バスで喋った人、ホテルで知り合った人、みんな本当にサッカーがすきなんだなと思う。そのみんなから見ると、異国から来た僕もそんな表情をしているのだろうか。

W杯仕様の鉄道車内

この日、僕は人生初のワールドカップ観戦を控えていた。カードはメキシコ対ポーランド。かなりの人気カードだったため、チケットをとるのに相当苦労した。

まだ夕方だったが僕はスタジアムに向かうことにして、ムシェーレブ駅に着くとそのままゴールドラインの乗り場を目指した。このムシェーレブ駅はドーハの中心にあり、カタールを描く三本の路線(南北に伸びるレッド、東西に伸びるゴールド、それから北西に伸びるグリーン)全てが交わる唯一のターミナル駅である。

駅で電車を待っている間もたくさんの人と写真撮影をした。目が合い日本人だとわかると、強面な人も微笑んで声をかけてくれる。

周りを見渡すと、ソンブレロをかぶったメキシコ人が鳴り物を鳴らして叫んでいる。僕はこのワールドカップ特有のお祭り騒ぎが大好きだ。国籍や人種は違えど、奥底にあるものが一緒であることを実感する。そして改めて自分が日本人であることを思うのだ。

すると突然、タキシードやチャロを身に纏った七人のメキシコ人が現れた。手には弦楽器や管楽器を持ち、襟元には真っ赤な蝶ネクタイをつけており、白髪を靡かせながら、次にはまるでそこが定位置だったかのようにベンチの前に横一列に整列した。

辺りは騒然とし、彼らの登場とともに駅構内が一瞬静寂に包まれた。そしてその瞬間、トランペット二人の合図を火切りに小気味良い音楽を奏で始めたのだ。

マリアッチだ……

彼らはマリアッチを演奏しはじめた。メロウな心地よいリズムで始まったかと思うと、今度はギターの刻む軽快なテンポに合わせて曲が進行する。前奏が終われば、七人の男たちは太く低く、されど聞き良い声を合わせて唱った。説教されるならこの声がいいなと思うような声だった。僕はしばらく呆気に取られており、曲の一番が終わって辺りを見渡すと、さっきとは比べ物にならないほどの群衆が周りを囲んでいた。演奏中は、できた輪の中心でソンブレロを被ったメキシコ人の女性がしなやかなダンスを見せた。途端に、

「メヒコ!メヒコ!メヒコ!」

とメトロにメキシココールが沸き起こる。

〈ああ、これがワールドカップなんだな…〉

何にも変えようがない感動だった。僕は今、確かにワールドカップの渦の中にいる。

カタールのこの地で、真っ先に僕を歓迎してくれたのはメキシコ人らしかった。思わず携帯を持つ手が呆気の果てに下がり見惚れてしまう。

〈歓迎を受けた恩は歓声で返すしかない。メキシコを応援しよう…〉

僕は心の中で大きく頷いた。



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