見出し画像

上空10000mでW杯の幕は開けた カタールワールドカップ観戦記②

11/21 東京→アブダビ

午前6時半、昨夜京都を出発したバスが新宿に到着した。その後2時間ほどかけて電車で成田空港へ向かい、エティハド航空のカウンターがある成田第三ターミナルに辿り着いたのは午前8時半ごろだった。昨夜の雨は一晩中降り続いていたようで、車窓からは霧深い東京がうかがえた。昨日の慌ただしい道程のせいで、僕は結局まだパジャマを着ていたが、何よりもお腹が空いていたので、とりあえず港内のマクドナルドを目指すことにした。

東京はあまり縁のない土地で、これくらい余裕を持ってきた方がいいだろうという概算の結果、午後4時前のフライトまでの時間を持て余している。

僕はコーヒーを追加で購入して、持ってきた本をカバンから取り出した。久しぶりの海外旅行で、こうして時間のある時にどんな本が手元にあれば嬉しいかを入念に想像したりしていた僕は、すでに半分くらい読み進めていた沢木耕太郎の『緑の海へ』を持ってきていた。学生時代を陸上競技に捧げた彼は、紀行文だけでなくスポーツにまで及ぶ幅広い経験と知見を元に、こうして過去を記録に残してくれている。今を知るために過去を学び、まだ分からない未来のために今を学ぶ。これは2002年の日韓ワールドカップの観戦記であり、これから目撃する「今」のために僕はこの本を選んだ。

沢木耕太郎著『杯』

正午になると、空港内に日本代表のユニフォームを着た人がちらほら増えてきた。僕と同じくらいの年齢で、おそらく学生だろうという人から、もう何度もワールドカップを経験していますといった風貌のおじいさんまで、老若男女問わずたくさんの人がいる。

チェックインを済ませフロアで時間を潰している人は皆、気恥ずかしさを理由にあえて言葉を交わすことはなかったが、このチェックインを境に、向こう側では疑いようもなく他人だった人たちが、こちら側では奇妙なほどに心を通わせているように感じる。ターミナルの中央にある大きなベンチで談笑をしている三人の大人たちも、チェックインの大行列に既に疲れきっっている子供たちも、自分と同じ覚悟を抱いてここにきているのだろう。聖地巡礼の出発点とその道中を思わせる空間に僕はとにかく興奮がおさまらなかった。これが今回の旅において僕が最初に受けた洗礼であった。


ドバイに到着するまでの間、今でも鮮明に覚えている出来事があった。

必要な手続きを済ませて、ドバイ行きの便が日本を発ったのは、定刻より10分早い午後3時45分だった。機内で配られたお菓子(Desi Munch)とアップルジュースを少しずつ消費しながら、窓側に席をとった僕は外の景色を眺めたり、今回の空路を確認したりして時間を潰した。  

これ美味いよな

すっかり陽が沈んだ空を眺めながら一度目の機内食を食べ終え、少しの仮眠から目覚めると、時刻は日本時間で22時になろうとしていた。

ふと思う。

〈もしかしたら機内でワールドカップが観れるのでは?〉

もう少しでグループBのイングランド対イランが始まるなと思った僕は、徐にチャンネルをいじってみた。なんと!「Sports24」という24時間スポーツを生中継しているチャンネルでワールドカップが配信していたのだ。

カタール航空ではワールドカップの全試合が機内で生中継されるという話は聞いていたが、まさかこのエティハド航空でも観戦できるとは!途端に眠気は消え去り、今まさにワールドカップに乗り入れようとしている事実に僕の身体は熱くなった。

上空10000mのW杯。ここまで隣の席に座っていた人とほとんど会話をしていなかった僕も流石に声をかけ、それが伝染するように隣の席、また隣の席とサプライズが伝えられた。勿論気がついていたのは僕だけではないだろうが、ふと周りを見渡すと誰も彼もが小さな画面に映る青い芝を食い入るように眺めている奇妙な光景が広がっていたのだ。

アブダビに着陸したときすでに時刻は午前0時をまわっていた。57番ゲートにシャワー付きトイレを発見したので、軽く浴びてその後はすぐに眠ってしまった。



思ったよりも早く目覚めてしまった。搭乗時刻になると53ゲートにはいよいよ世界中のサポーターたちが集まり始めている。メキシコ人やコスタリカ人、中にはソンブレロをかぶっている人もいて、僕はとても感動した。

ゲート前の窓側の席に腰掛けていた僕を見て、向かい側の席に座っていたメキシコ人とコスタリカ人が何やら会話をしている。

コスタリカ兄「日本には勝たないといけない」

メキシコ兄「日本に負けたら敗退は確実だろう」

スペイン語は分からないけど、多分こんな感じのことを話しているように見える。

そういえばメキシコとコスタリカは本州一本くらいしか離れていないどちらもスペイン語を公用語とする隣国であったことに気がついた。北中米予選を勝ち上がってきたメキシコと、南米予選を勝ち上がってきたコスタリカで大陸のグループ分けこそ違うものの親しい仲なのだろうか。ドイツ、スペインとグループを共にする僕らは、お互いに絶対に負けられない関係性なのだ。


アルトゥママ・スタジアムが奥の方に見える


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?