コンプレックスの話

最大のコンプレックスがブスなことでもセンスがないことでもなく頭が悪いことなの、ただそれに気付いた時期が一番遅いってだけなのかもしれないなとふと思った。


「かわいい」と言われた記憶はないけど「賢い子だね」と褒められたことは何度もあったし、中学までは勉強も出来たので頭の良さ=偏差値だと思っている節があった。可愛さやセンスの良さと違って頭の回転の速さや考え方の面白さは目に見えないから気付けていなかった。

もっと言えば気付けるだけの頭の良さがなかったから、自分は優れていると疑わずにいられたのかもしれない。

高校に上がってからは徐々に勉強も出来なくなって、頭が良い訳ではないと気づくんだけど、悪いとはまだ思わない。家を出て大学に進学してやっと、頭の良さと勉強ができるかどうかは別だととわかって落ち込んだのかな。はっきりとは覚えてないけど。

でも大学に入って自分より頭の良い人に沢山会えたのは良かった。驚きがある日々は今思い返すととても豊かだった。


冒頭の話とは矛盾するというか違う着地点になってしまうけど、コンプレックスって単純に平均と比べて足りないものではなく、その人が何で戦っていくかで決まるものなのかもしれない。

例えば「かわいい」を武器に生きていこうと思ったら外見や愛嬌の優先順位が上位にきて、自分のメンテナンスにかける時間やお金も大きくなるだろう。

「面白い」を武器にしようと思ったら芸人さんのラジオを熱心にきいたりするのかな。「○○くんって真面目だけどつまんないよね」なんて言われた日にはきっと立ち直れない。


コンプレックスは心に巣くう。常に薄っすらと影を落とす。下手に見ないふりをせずにそこから自分の願望をたどっていけば、なりたいをより具体化出来るんじゃないだろうか。


「自分は頭が悪い」と気づく程度の頭の良さがあったことが不幸中の幸いなのか、ただの不幸になるのかは正直まだわからない。

家を出て良かったことって沢山あるけど、一番大きかったのは自分の何も出来なさ、愚かさを知れたことなのかもしれない。


#エッセイ #考えたこと #雑記 #コンプレックス

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8

える

明るくなるのが遅い
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