クラシカルデザイナーの生きる道

クラシカルデザイナーの危機感

「デザイナーは経営やビジネスも理解すべきだ。」
「いやいや、VRやAR、音声UIなどの新しい領域のデザインスキルを身に着けていくべきでしょ。」
「え、それよりもコードを書けるようになったほうがいいでしょ。」

こんな議論、デザイナーなら一度は出くわしたことがあるのではないでしょうか。

次々と出てくるツールやフレームワーク、現場では求められる能力が広く曖昧になり、何を学び、経験を積んでいけばよいか分からないのが正直なところではないでしょうか。

職人的な美的感性や表現性を深く突き詰めるのか、ビジネスレイヤーからアプローチしていけるようにビジネス思考力を高めていくべきか。はたまたエンジニアリングの領域までカバーして実現力を高めていくべきか。

常に変動し、予測しづらく、複雑で、曖昧な「VUCA」と呼ばれる不確実性の高い時代において、デザイナー自身もなかなか未来を見通すことは難しいと感じます。

そんな中で、一つの指針となるジョン・マエダ氏のDesign in tech reportでは、これから必要とされてくるデザイン像を、「クラシカルデザイン」「デザイン思考」「コンピュテーショナルデザイン」と、ざっくりと3分類にわけられています。

出典: https://www.slideshare.net/johnmaeda/design-in-tech-report-2018

上記の3分類において私自身は、グラフィックデザイナーとしての経験が長く、紙やなどの物質的な素材を扱うことを得意としているため「クラシカルデザイナー」に分類されることになります。

コンピュテーショナルデザインやビジネスデザイナーと呼ばれるような新しいタイプのデザイナーが増えていく中で、クラシカルデザイナーと呼ばれる私たちは何に重きを置いていくべきなのか、どんな役割を担っていくべきなのでしょうか。

デザイナーのライバルはデザイナーではない

以前、デザイン教育に携わっている大学教授の方とお話していたときに聞いた一言。

「ビジネスにデザインの価値を広げていく上で、デザインだけできる人間を育てるよりも、経営が分かる人にデザインを教えていった方が良い。」

この言葉にあるように、デザイナーと呼ばれる人材は、美術やデザイン教育の背景をもった人たちだけはなくなってきています。

経営やビジネスの知識や経験を持っている人たちがデザインの知識を取り込み、経験を積んでいくことで、ビジネスも含めた大きなレイヤーで思考し、実践できる人たちがどんどん増えてきています。

この背景として、制作のコモディティ化とデザイン思考の普及が大きく考えられます。

まず、制作のコモデティ化という観点では、これまでデザイナーが高い費用を払って制作の土台としてきたデザインリソースに、無料で誰もが圧倒的に簡単にアクセスできるようになってきたということがあります。

検索すれば高品質な無数のデザインシステムのフレームワークや、UIのテンプレート、写真素材が手に入り、PinterestやInstagram、デザインギャラリーサイトなどにアクセスすれば無数のアイデアソースを見ることができる。それらを組み合わせることで簡単にそれなりのデザインを組み立てることができるようになっています。

また、Adobe Senseiは、デザイナーがウンウンうなりながら徹夜して何時間もかけて作るビジュアルのパターン出しをワンクリックで可能にし、AlibabaのAIは人間が作業した場合に10年かかる量のグラフィックのパターンをたった1秒で行うことができると言われています。

上記の変化に加えて、デザイン思考の普及という観点で、デザイナーが暗黙知で行なってきたデザインプロセスが「デザイン思考」として体系化され、誰もがそのフレームワークを活用できるようになってきています。

以上の変化が重なることで、ビジネスやエンジニアリングなどの異なる領域の人々がデザインの知識やスキルを身に着け、ハイブリッドで領域横断的に活躍してきています。
その中で、デザイナーとして単に「つくれる」だけでは価値を維持けることはどんどん難しくなってきているのが現状ではないかと思います。

デザイン思考の限界から考える

しかし、制作のコモデティ化とデザイン思考が普及していく一方で、それだけでは越えられない壁があるのも事実です。

ロベルト・ベルガンティ氏は『突破するデザイン』において、デザイン思考だけでは「人を歩く問題解決の対象として見てしまっている」としており、それだけでは本当に人々に愛されるものは創り出せないと、デザイン思考の限界について警鐘を鳴らしています。

デザイン思考のワークショップをやっても組織に根付かない。
ジャーニーマップをつくっても画期的なアイデアが生まれない。

それらの課題に共通しているのは、ユーザーの行動や不満を前提としているために、強烈なビジョンや理想からはじまり、ロジックを飛び越えて感情をダイレクトに動かすようなものが生み出されにくいということです。

上記の課題に加えて、単純に問題を解決できる機能的な価値だけではすぐに陳腐化するなかで、なぜ存在するのか、どんな世界観をもっているのかといったストーリーの価値こそがリプレイスすることが出来ない重要な要素になってきています。

デザイン思考だけでは足りない世界観の構築・ストーリーをどう補うか。ここにデザイナーが本来担うべき役割があるのではないかと思います。

もしあなたが人々に愛されるモノゴトを創造したいのであれば、問題解決からは離れた方が良い。愛について考えるのだ。
―ロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』

アーティストのように考え・デザイナーのように行動する

クラシカルデザイナーに分類される人たちは、個人差はあれども、世界観の構築・ストーリーをつくっていくことがみな得意な人たちのではないかと思います。

そもそもデザイナーになるきっかけや、仕事として続ける理由の多くは、誰かのためにというより、自分が理想としているものをつくりあげていくことが純粋に “楽しい” から。

その上で、デザインを通じて人の役にたったり、喜んでもらえたりすることでやりがいを感じるからなのだと思います。

しかし、いつしか「ユーザーが正しい」「マーケットが答えを出す」こんなマントラが定着し、ユーザーファーストやリーン・スタートアップという神話のもとで、いつからかデザイナー自身の思考が受け身になってしまっているのではないでしょうか。

分析的な思考で効率性を追求し、合理性を突き詰めたビジネスの限界が叫ばれている中で、今こそデザイナー自身がアーティスト的な理想を追求する楽しさを取り戻していくことが必要になってくるのではないかと思います。

例えば、iPhone Xの佇まい。慣れ親しんだホームボタンを排除してまでフルスクリーンにこだわってきたのは、開発チームのユニークで強烈なビジョンがあったから。それを10年かけて愚直に追い求める続けることで実現しています。

iPhoneをめぐる初期の話し合いは、このアイデアが中心になることが多かった。たとえば、無限のプールのイメージ、湖の中からディスプレイが魔法のように浮かびあがるイメージだ。
出典:『ジョナサン・アイブ』リーアンダー・ケイニ―, 林信行, 関美和, 日経BP社 (2015)

他にも、元iPodの開発者が創業した、スマートホームのプロダクトを提供するnestのサーモスタットは、見た目だけでは分からない細部の体験にまでその世界観が一貫しています。

通常の100倍コストがかかるサーモスタットを取り付けるためのオリジナルのネジ、さらには通常の10倍コストがかかるネジを回すためのドライバー。分析的な思考ではたどり着けないような、アーティストの様な思考で細部にまでこだわり抜くことで、全体として優れた体験を創り出しています。

世界中のどのビジネススクールでも落第点をつけられてしまうだろう。
『買うよりはるかに高い費用をかけて、独自のねじを設計し、つくる』などという事業計画を思いついたと言ったら。
―トニー・ファデル 元iPod開発責任者・nest創業者
出典:『グレートカンパニー 優れた経営者が数字よりも大切にしている5つの条件。』リッチ・カールガード, 野津 智子, ダイヤモンド社 (2015)

優れた製品やブランドのデザインは、まず何よりもアーティストな批判精神を持ち、あるべき理想から問い直し、そこかからデザインとビジネスやエンジニアリングを行き来しながら実現しているということ。

定量的な数字に踊らされず、既存の価値の枠組みから離れ、アーティストのように美学や哲学、批判思考を持ってあるべきビジョンを描き、かたちにしていくこと。

つまり「アーティストのように思考し、デザイナーのように行動する。」ということ。

「クラシカル」と呼ばれると時代遅れのように聞こえるかもしれない。
けれども、この領域が持つ力を信じることが、クラシカルデザイナーと呼ばれる私たちにとって重要な考え方になってくるのではないかと思います。

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