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女性の社会進出はヘンな言葉。

女性の社会進出。その言葉自体が壁を意識させる気がします。

この言葉は、強烈に女性と社会を分断している感じがどうしてもしてしまう。

社会って、人間の共同生活の総称。また、広く、人間の集団としての営みや組織的な営みだったり、

人々が生活している、現実の世の中だったり、

ある共通項によってくくられ、他から区別される人々の集まりだったり、と様々な意味があるわけですが、

大きくは1つの集団、だと思うわけです。

自分の身近の最小単位での社会=家族、ですよね。

普段から接している人たち、共同生活を行なっているし、何よりも自分以外の人との関わりがある。

誰かと関わりを持ったら、それは社会。

この女性の社会進出が言っている、社会はいわゆる外の世界であり、その社会は、働く・稼ぐを意識した社会としていて、

家庭や家族を内として捉え、それ以外の外の世界。

でも、別に働いていなくても、保育園や幼稚園に行って、他の女性たちと関わることができるので、社会に進出しています。

女性の社会進出って言葉は、家庭や家族を内として捉える、または、

働くことをある種強要させるために、働くことを美化し、正当化し、いろんなものを分断する言葉なのか、と思ってしまいました。

なんでも標語みたいな形にするのに、最近は凄く違和感を感じるようになってきました。

女性の社会進出っていう言葉を使うのではなく、

どんな人でも自分の希望に沿った、自分の意思にそった行動ができる世の中になれば一番いいですね。

働きたい人は働くという選択肢へ、

家庭を大事にしたい、家族を大事にしたいという人はその選択肢へ、

色々な選択肢があり、それを尊重する社会が一番理想的。

妻が働きたいという思いが強くなってきて、実際に行動しているのを見て、少し考えてみました。

ひとりの人間として尊敬しているからこそ、好きになったので、妻として、ママとしてではなく、ひとりの人間として妻が家族以外の人たちに与える価値ってきっと大きいと思うから、働きたいという意欲を最大限応援したいし、家族のことがネックになって、その意欲がなくならないようにサポートしていきたいなと思う、今日この頃でした。

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