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中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』 より、「はじめに」を公開します。


中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス) はじめに


 政治家の言葉を読むこと


 二〇一八年九月に自民党総裁選挙がありました。対決したのは安倍晋三さんと石破茂さん。ふたりともおなじみの政治家です。

 国民にとっては、安倍さんと石破さんというリーダーが、これからの日本をどうしていきたいのかを知る絶好の機会のはずでした。しかし、総裁選についてのニュースをテレビで目にすると、「○○票差で安倍首相が圧勝するだろう」とか、「総裁選後の人事はどうなるのか」とか、「石破氏は安倍首相を後ろから撃つ卑怯者」とか、政局に関する話ばかりで、ふたりの政策やヴィジョンの違いが提示されているかは疑問でした。

 これはもちろん、このふたりに限定された話ではありません。自民党内には、日本の舵取りに直接関わる有力議員が多くいますが、彼ら・彼女らが一体、どういう考え方の人物なのかは、日常のニュースを見ているだけでは判然としません。

 そこで重要になるのが、国会議員が出版する著書や対談本、あるいは雑誌などに発表した論考、インタビューなどです。そこには自らの見解やヴィジョン、掲げる政策などが書かれています。なぜ政治家になったのか。なぜ特定の政策を推し進めるのかなど、個人的な経験に基づく思いなども綴られています。

 しかし、政治家の書いた本は、なかなか売れません。多くのものは、話題になることもなく、あっさりと書店から消えていきます。そして忘れられていきます。

 これはもったいない。

 出版されたものをしっかりと読み込み、分析し、各政治家の思想的特徴を把握しておくことは、これからの日本の選択を考える際の、重要な指標になるはずです。

 私たちは、政治家をキャラやイメージで捉えすぎていないでしょうか。俗人的な人間関係によって、政治の世界を見過ぎていないでしょうか。

 この連載では、さまざまな政治家の文章をじっくりと読むことによって、おなじみの政治家たちの理念や構想を把握してゆきたいと思います。特に首相候補に挙げられる与党有力者の分析を積み重ねることで、現在の自民党の特質をあぶり出したいと思っています。


 政治のマトリクス

 政治家の特徴を捉えるために、次の図を用意しました。少し説明しましょう。

チャート2

 政治家は国内政治において、大別すると〈リスク〉(お金)と〈価値〉をめぐる仕事をしています。縦軸(y軸)に「リスクの問題」、横軸(軸)に「価値の問題」を置いたものです。

 私たちは生きていると、様々なリスクに直面します。あまり考えたくないですが、もしかすると明日、突然難病を発症し、これまで従事していた仕事ができなくなるかもしれません。通勤途中に自動車にひかれてしまい、前日までと同じ生活を送ることができなくなるかもしれません。

「リスクの社会化」とは、様々なリスクに対して、社会全体で対応すべきと考える立場です。政府は様々な国民のリスクに対応するために、セーフティネットの強化を行います。お金に余裕がある世帯から多く税金を取り、低所得者や社会的弱者への再配分を大きくします。そのため、図の上に行けばいくほど、「大きな政府」になっていきます。税金が高い代わりに、行政サービスも充実しているというあり方です。また、市民社会における支援体制も強化します。地震などの大災害の際は、行政サービスだけでなく、市民ボランティアの活動が大きな意味を持ちます。諸外国では寄付金の存在が、社会的弱者の支援に大きな役割を果たしています。「リスクの社会化」とは、行政と市民社会が協調し合って、セーフティネットや再配分体制を強化していくあり方です。

「リスクの個人化」とは、様々なリスクに個人で対応することを基本とする立場です。いわゆる「自己責任型」の社会で、政府は税金を安くするかわりに、あまりサービスを行いません。図の下に行けばいくほど「小さな政府」になっていきます。

 一方、政治はお金に還元できない「価値」の問題についても、様々な決定を行っています。例えば、「選択的夫婦別姓を認めるか否か」や「LGBTの婚姻に関する権利を保証すべきか否か」などが「価値」の問題にあたり、右に行けばいくほど、権力を持つ者が価値観の問題に対して介入・干渉を強めます。逆に左に行けばいくほど、多様性に対する寛容が強まり、個人の価値観に対する権力的介入が少なくなります。

 このように〈価値〉と〈リスク〉を軸に分類をしていくと、四つのタイプの政治のあり方が浮かび上がってきます。私は政治家を捉える際、「右」/「左」というイデオロギーよりも、Ⅰ~Ⅳの象限で分類することにしています。そのほうが、各政治家のヴィジョンを捉えるには、明らかに有効だからです。

 本書では、現首相および首相候補者と目される自民党政治家を分析し、この図のどのポジションに当てはまるのかを見ていきます。取り上げるのは安倍晋三さん、石破茂さん、菅義偉さん、野田聖子さん、河野太郎さん、岸田文雄さん、加藤勝信さん、小渕優子さん、小泉進次郎さんの九人です。この有力政治家たちを丁寧に分析することで、今後の自公政権がいかなる方向性で展開されるのかを見ていきたいと思います。また、これに対抗する野党はいかなるヴィジョンを打ち出すべきかも考えていきたいと思います。


中島岳志『自民党 価値とリスクのマトリクス』(スタンド・ブックス)より転載。

上記リンクにて、連載時の記事(非会員は一部)がお読みいただけます。





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