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中央線的大衆酒場の象徴だった  高円寺「あかちょうちん」 (パリッコ『酒場っ子』より)

パリッコ宣材

中央線的大衆酒場の象徴だった  高円寺「あかちょうちん」 

パリッコ『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、18p〜25pより


 20代の頃に入りびたっていた高円寺の街で、知らぬ者のない大衆酒場がありました。

「あかちょうちん」というお店。

 名前からしてかなりきてますよね。入り口の横の赤いちょうちんに「○○屋」なんて書いてあるのが常識的な酒場ですが、店名がずばり「あかちょうちん」。で、別に赤ちょうちんは下がっていない。この大雑把さがたまらなく愛おしいです。

 特徴はなんといっても、安さ。とにかく安い! 親の仇のように安い! 鬼の首でもとったかのように安い!

 高円寺は、日本全国から誘蛾灯に群がる虫たちのように、有象無象のバンドマンやサブカルっ子が集まる街。「日本のインド」と呼ばれるほどフリーダムな空気に包まれている一方で、若者たちの鬱屈した焦燥も渦巻いている。そんな「売れない」表現者たち、すべての受け皿になってくれていたのが、あかちょうちんだったのです。

 ご多分に漏れず、僕もそのひとりでした。やりたいことはたくさんあるし、時間もあり余っている。口だけは達者なのに努力はせず、連日連夜を無益な泥酔の時間に捧げる。だからこそ、すべてを許してくれるような街の空気感が妙に心地良く、空虚でありながらも底抜けに楽しい日々が、そこにありました。そんな、どこにでもいるダメ人間たちのオアシス。あかちょうちんは、僕の中の「中央線文化」の象徴のような存在でした。

 どれだけ安かったか。

 お店は北口「庚申通り」の入り口付近にあり、雑居ビルの2階。そこへと続く階段の下に、お店のサービス内容をアピールする何枚もの看板が設置されており、内容が衝撃的。そのまま書き出してみましょう。

タイムサービス
(1)PM5時~7時 サワー、日本酒、カクテル、梅酒、ウイスキー、ゆず酒→100円
(2)PM7時~9時 (A)ハイボール100円割引180円(B)鍋物にうどん、とり肉、生玉子、3点セットサービス
(3)PM時~AM3時 飲み放題(2時間)490円

 ね? すごいでしょう……。

宴会コース
2500円飲み放題 【飲物】ビール、日本酒、梅酒、サワー(10種類)、ウーロンハイ、カクテル(15種類)、ハイボール、ソフトドリンク、アイスクリーム、他 【料理】鍋物 又は すし(刺盛)、棒棒鶏 又は とり唐揚、揚物3点セット、生野菜、えびチリソース、焼物、雑炊 又は うどん 又は 焼そば、その他

 ね? 過剰でしょう……。もはや安さの押し売り。すでにクラクラとし始めた頭で店内へと進み、まずは生ビールでも一杯ひっかけて落ち着きましょうか。

 頻繁に通っていた当時は、今よりもさらにだんぜん貧乏で、とにかく安く済ませられる飲み方の探求に余念がありませんでした。そんな時、力強い味方になってくれたのが、焼酎のボトル。

 ここのボトルは一升瓶。「いいちこ」「二階堂」「ちょっぺん」「(黒)桜島」「白波」「黒霧島」の6種類で、各2900円。じゅうぶんお手頃ですよね? 同じようにうだつの上がらない友達の2~3人も誘って行けば、めちゃくちゃ安く飲める。

 ただし、これで驚いていられないのがあかちょうちんの恐るべきところ。なんと毎週、日、月、金曜日、これらの焼酎ボトルが、すべて半額! つまり、1450円。あきらかに原価割れてるでしょ……。

 もちろんボトルキープもできるので、一度頼んでしまえば、そのあと何回かはお酒代がかからない、なんてパターンもぜんぜん珍しくありません。
「安いのはわかったわかった、もうかんべんしてくれ!」って? それはできない相談ですね。ボトルキープの際に渡される「ボトル会員カード」、次はこちらに注目してください。

 表には「3本目と5本目は半額、6本目は焼酎のみ無料です」とあります。3本目と5本目は半額だし、日月金曜も半額だし、こうなってくると、全額を出すほうが難しいようにすら感じてきます。うまくやりくりすれば、なんと6升の焼酎が7250円で手に入ってしまうという計算。このシステムに、どれだけ飲ませてもらったことか……。

 さらに裏面は「飲物サービス30杯分(期限ナシ)」と書かれたスタンプカードになっています。これ、1回の来店ごとに飲み物が1杯サービスになるというもの。

 つまり、先ほど最初に飲んだ生ビール、このカードのおかげで、無料だったってことです。しかもですよ、見すごせないのが「サワー カクテル ウィスキー ウーロンハイ 梅酒 ワイン」は「いずれか2杯サービス」という表記。ここまでくると、もはや「意地」ですね。

 コーンたっぷりの「ピザパイ」、ギザギザした大量の「フライドポテト」、炒めた豚肉がご飯にドサッとのった「焼肉ライス」、料理は全体的にジャンクなんだけど、だからこそお酒の進むものばかりで、しかも、もはや説明するのも疲れてきましたが、何もかも安い。

 中でも、店員さんに本場の方が多かったようで、台湾料理コーナーは充実。特に好きだったのが「回鍋肉」。しっかりと衣をまとった分厚い豚肉が、キャベツとともにザクザクとした心地良い歯ごたえ。濃厚な甘辛ダレがたっぷりと絡み、これをつまみにボトルの焼酎をグイグイとやるあの感覚は、僕の青春の味のひとつに違いありません。

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 もういいかげん、「安い」ことは伝わりきったかと思いますが、それにしてもあかちょうちんは、常連さんたちから愛されすぎていました。それはなぜか?

 一度でもお店に行ったことのある方ならばすぐにわかるでしょう。店長、東さんの存在です。

 いやまぁ、普通のおじさんなんですけどね、東さん。台湾なまりの日本語でいつもニコニコと迎えてくださり、まさに究極の癒し系大将! 忙しいとめちゃくちゃぶっきらぼうな接客になってきたりするけど、そこがまた憎めない。

 今思えば、あそこにいたお客さんたちはみんな、「安いから」を口実に、東さんに会いにいくことで、鬱屈した精神を癒していたのかもしれないな。

 2010年の9月、「あかちょうちん」はお店をたたんでしまいました。
 前年、南口の居酒屋「石狩亭」で火事があり、その影響で、地下にあった有名ライブハウス「20000V」と「GEAR」が営業を停止。連日のようにあかちょうちんで打ち上げをしていたバンドマンたちの客足もガクッと落ち込んだようで、かくいう僕も、おじゃまするたび、「以前ほどの活気がないな」と、なんとなく心配していました。

 もちろん、この土地で長く営業を続けられてきたお店ですから、それだけの理由でということではないんだろうけど、いろいろな事情もあったのでしょう。

 営業最終日、ご挨拶がてらに飲みに行くと、いつもと変わらない笑顔の東さんが迎えてくれました。

 こういう時の切なさって、独特のものがありますね。何度も良くしてもらった方だけど、友達ともまた違うので、「東さん、またたまには会いましょうよ」と約束をするわけでもない。ただ「ごちそうさまでした。美味しかったです。ありがとうございました」と言って、お会計をし、店を出る。自分とひとつの酒場との関係に、幕が下りてしまった瞬間です。

 その時、「もう必要ないから」といただいてきた、お店で使っていたジョッキやお皿。たまに家で回鍋肉を作る時、やっぱりこれじゃないと締まらないんですよね。

酒場っ子メモ 東さ〜ん! 最近どうしてますか? 良かったらこんど、飲みに行きません!?


パリッコ『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、18p〜25p
「中央線的大衆酒場の象徴だった  高円寺「あかちょうちん」」



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