見出し画像

保守政治の崩壊 (中島岳志『保守と立憲』より)

安倍晋三・菅義偉内閣と続いた自民党政権は、どのような政治をおこなってきたのか。
いまあらためて振り返ることが必要なのではないでしょうか。

中島岳志『保守と立憲』(2018年刊)から、必読論考を5日連続で公開します。

第五弾は、「保守政治の崩壊」(2017年)です。

保守軽い

中島岳志『保守と立憲 世界によって私が変えられないために』(スタンド・ブックス/2018年)「保守政治の崩壊」 205p~208p


保守政治の崩壊


 戦後すぐに皇太子明仁親王(現在の天皇)の教育係を担った小泉信三・元慶応義塾塾長は、共産主義国家への批判を展開したことでも知られた。小泉は一九五一年に発表した「共産主義と人間尊重」という論考の中で、ソ連という国家には「人間尊重の精神」が欠如していると指摘し、「猜疑」や「憎嫉」という「人間の弱点」につけ込んで人を動かそうとする政治手法を厳しく非難した。共産主義に蔓延するのは権力に対する畏怖や忖度であり、自由闊達な議論は封じ込められる。反対者への懲罰が露骨になり、過度の萎縮が蔓延する。

 小泉の共産主義批判は、今の安倍政治にこそ当てはまる。森友学園問題(二〇一七年)で「安倍総理から寄付金があった」と発言した籠池泰典前理事長に対しては、「首相への侮辱」を理由に証人喚問招致がなされた。加計学園問題(二〇一七年)で内部文書の存在を明かした前川喜平・前文部科学事務次官に対しては、人格に問題があるというレッテルを貼り、社会的に抹殺しようとした。

 これは明らかな見せしめであり、盾突こうとする人間への脅しである。このような政治手法は本来の保守が最も嫌悪してきたものである。安倍内閣が共産主義国のような権威主義体制を目指すのであれば、保守を語る資格はない。

「前川喜平前文科事務次官手記 わが告発は役人の矜持だ」(『文藝春秋』二〇一七年七月号)の中で、前川は加計学園の獣医学部新設をめぐる官邸側からの圧力を詳述し、一連の経緯を明らかにしている。前川は率直に「行政が歪められた」と言う。それは「平成三十年四月に今治に獣医学部を開設する」ことの正当な根拠が希薄なまま、物事が進められたからである。そこに存在したのは、合理的な理由ではなく、権力的な圧力だった。

 今、文部科学省の内部では「物言えば唇寒し」の雰囲気が広がっているという。前川が懸念するのは、文部科学省の官僚たちが、政治的圧力によって隠蔽工作に加担させられることである。「国民の知らないところで筋の通らないことがまかり通るようになれば、デモクラシーは機能しなくなります」

 批評家の斎藤美奈子は「共謀罪と加計学園問題」(『現代書館WEBマガジン』二〇一七年五月三十日)の中で、共謀罪と加計学園問題を「ひとつづきの案件」と捉える。前川に対する官邸の「やり方」は「権力に逆らうとこうなるぞという一種の『脅し』『見せしめ』であり、監視と密告と疑心暗鬼にまみれた共謀罪下の社会を先取りしているように見える」。的確な批判だ。

 政治学者の小林正弥は「『共謀罪』法案の〝横暴採決〟は議会の自殺行為だ」(『WEBRONZA』二〇一七年六月十六日)の中で、共謀罪法案の成立過程において「委員会を重視する国会の原則と慣例が打ち壊された」ことを強く憤る。小林は野党議員の反発や牛歩戦術に共鳴し、「憲政の伝統」を守るべきことを訴える。

 小林があえて「伝統」や「慣例」の重要性を強調しつつ批判を加えるのは、安倍内閣が本来の保守から程遠い政権であることを際立たせるためであろう。長年続いてきた制度は、先人たちの経験知に基づく慣習によって支えられている。慣習は言語化されることなく、暗黙知として制度の暴走を食い止めている。その慣習を破壊し、横暴な独断による決定を進める者が、保守であろうはずがない。

 保守は本来、議論を重視する。それは人間の不完全性に対する認識を共有しているからである。人間は間違いやすい。どんなに優秀な人間でも世界のすべてを正しく認識することなどできず、時に過ちを犯す。保守は理性への過信をいさめ、多様な他者との合意形成を重んじる。

 保守が疑っているのは、自己の正しさにほかならない。自分の見解は完全なものではなく、誤解や認識不足が含まれているかもしれない。だから、他者の見解に謙虚に耳を傾け、それが説得力を持ったものであれば柔軟に取り入れる。多数者の専制を慎重に避け、少数者の立場にも配慮した合意形成を目指すのが保守政治の王道である。

 現在の安倍内閣は数の論理によって議論を遠ざけ、議会の存在を形骸化してしまっている。反対者の意見に耳を傾けることなく、人間の弱点につけ込んだ圧力をかけることで、議論自体を封じ込める。安倍内閣は保守からかけ離れている。

 小林は安倍内閣を「新権威主義」と捉え、そこに自由民主主義の退行を見る。治安維持を目的とした立法を行い、メディアの情報操作、印象操作を行うという点で、「専制化や独裁化である」と踏み込んだ批判を行っている。

 安倍内閣は保守の先人たちが全力で批判してきた政治勢力そのものに成り果てている。保守政治の崩壊こそ、安倍政治の特徴にほかならない。


■『北海道新聞』『東京新聞』『中日新聞』『西日本新聞』二〇一七年六月

中島岳志『保守と立憲 世界によって私が変えられないために』(スタンド・ブックス/2018年)「保守政治の崩壊」 205p~208p


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?