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サイコパスなアクティングコーチの正体とは?世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム③

無邪気なアクティングコーチのいたずら



「さあ、始めましょう。しかし、演じてはいけない…」

どうやって、ココを抜け出そう。
と考えていると突然。

「パチン!」

と、灯りがついた。

そして、彼が笑っている。

「いや…アハハ!…というか、これじゃあ、演じるも何も…」

腹を抱えて笑っている。

「何もできませんよね。真っ暗になっちゃいましたもんね、アハハ!」

「なっ…??」
なんだか、本当に無邪気に笑ってる。

「ああ、あっ、ほんとごめんなさい!真っ暗になっちゃったのに、それに気づかないふりしてスタニスラフスキー気取ってしゃべってる自分思い出すと…おかしくって、ヒー」

「はい…」
なんだか、本当に無邪気だ。

「電気付けますね」

あっけに取られている私をよそに、今度はスタジオ中の灯りを付けて回っている。

「あっ、カーテンもあけてもらっていいですか?」

言われるがままにカーテンを開けた。

外の世界がやけに新鮮に感じる。
たかが、パチンコ店なのに。

少し安堵している自分に気づく。

「いやっ、そのカーテンはそのままで良いですよ~」

「ああっ、すいません。…てっきりこのカーテンのことかと…」
と、私は聞き間違えたふりをしてカーテンを閉め直す。

が、完全にはしめ切らずネオンが差し込む隙間は残した。
何の役に立つのかはなはだ不明だけど。

明るいスタジオの中、他にカーテンらしきものを探す。

窓の横の壁一面に様々な俳優との写真が無造作に貼ってあった。
その中の一枚に私が長年憧れていた女優を見つけた。
無邪気に笑うアクティングコーチと笑顔でツーショットに収まっていた。

「どうしました?」

「あっ、カーテンを探しています」

「カーテンってほかにありそうですか?」

「いえ、…」

「私はそのカーテンはそのままでと言っただけです」

「あっ、そうか…」

私は、カーテンと窓を開けた。
そして、窓を開けたままカーテンだけ戻した。

「あの、窓を開ける必要もないですよ。息苦しかったですか?」

「いえ…、ですよね」

私は再び窓もカーテンも閉めた。

「窓を開けるように言われたかと勘違いして…すいません」

なに言ってんだろう私?
と思いながら私は引きつった笑顔で謝っていた。

男は突然、手を打った。

「パン!」

そして、なぜか満面の笑みだ。

「はい!ありがとうございます!終わりました。本当にすみません!」
「今のはレッスンのためのちょっとしたいたずらなんです。」

「いたずら?」
私は思わず自分の考えを声にだしていた。

「はい、レッスンの一部です。後で必ず全ての意味がわかります。本当にごめんなさい!アハハ!」

まだ、笑っている。

録画も可能な安心の演技レッスン



「あなたのスマホ、録画する余裕あります?」

足元のバッグからスマホを取り出す

「はい、2、3時間は大丈夫だと」

「では、録画か録音しといてください。後で復習できると良いでしょ?」

「はい…」

「すいませんね!本来は私が録画するんですけど。今日はカメラが故障しちゃってて…いつもはYouTubeの限定公開でレッスンの録画を生徒さんと共有するんですけど、お手数かけてしまって、ごめんなさい!」

「あっ、いえ、大丈夫です。じゃあ、そうします」

今度はやけに明るくなったスタジオではっきりと見える彼の表情を読む。

この人は私を戸惑わせたことを子供みたいにまだ喜んでいる。

本当に無邪気な人なのだろう。
と信じてしまいそうになる自分に少し警戒を促した。

それくらい飾らない柔和な笑顔。

なぜか、保育園児だった頃の自分を思い出す。

母親との帰り道、先回りしていつもの壁のくぼみに隠れていた私。
バーッ!と飛び出す私。
大げさに驚く母親の顔。
自慢げで無邪気な私。

自慢げで無邪気だった私

「演技は学び、磨ける技術」という認識が演技の悩みを解決する


「実はドアが開いた時からレッスンは始まってました。今、あなたが経験したことを材料に、役になりきる仕組みと秘訣をひも解いていきましょう」

「…はい」

「やがて演技は限られた人にのみ与えられた才能でも魔法でもなく、誰にでも学び、磨ける技術だということを納得していただけると思います。」

「学び、磨ける技術」という言葉にどこか味気なさを感じた。
と同時にとても救われる気もした。

そう、私が知りたかったのはそういう事だったのかもしれない。

「そうすれば、先日、あなたがメールで打ち明けてくれた演技の悩みは全て解決できると思いますので安心してくださいね。」

全て解決できるとまでは期待していない。
ただ、せめてもう一度、演技を好きになりたい。
私は興奮してかなり長文になってしまったメールのことを思い出した。

自分でも何を書いたのか全てを思い出せない。

というよりも、書いている時点で自分でも何を書いているのか混乱して分からなくなっていた。

伝わらないだろうなと思いつつも、恐らく書き直し始めたりすると、二度と連絡できない気がしてそのままメールを送信した。

「さて、さっきは、怖がらせてしまって本当に申し訳ないです。もう二度とこんないたずらはしませんので安心してくださいね」

「はい」

ほんとお願いします!
と思いながら私はスマホの設置場所を探す。

「動画にします?」
「はい」

「なんなら、お知合いに配信とかでも良いですよ」
「いえいえ、録画で十分だと…」

「なら、これ使って下さい。で、ここからなら全部入りますよ」

私は手渡されたスマホ用の三脚をさっきの窓の
横に設置しながら彼の話を聞く。

「最近はパワハラ・セクハラまがいの演技指導されたなんてひどい話も良く聞くのでワークショップとか全部、配信や録画ありにしたほうが安心ですよね」

良く言うよ!どの口が!
と思ったが、心の中のツッコミはなんだか軽妙だった。

早いよと思いながらも、既に私は彼を信用し始めていたのかもしれない。

「このスタジオ始めた13年前からレッスン全部録画して共有してきたので安心してくださいね!クレームつけるにも便利でしょ!証拠有るから!」

アクティングコーチの驚くべき観察能力


「さて、今の一連の意味不明な私とのやり取りが、ある物語の一場面だとしましょう。」

「はい?」

「実に色々な感情や感覚を経験されたと思います」

「ええ、まぁ、ですね」

「あなたが先ほど感じた感情、思考、感覚、生まれた表情、選択した動き、発した言葉、その全てがその台本に要求された通りだったとします」

「はい…」

「つまり、ドアが開き、私を見て、知り合いだったかしらと思案し、私をサイコパスに違いないと勘違いするに至り、灯りや笑いで安堵したにも関わらず、カーテンのくだりで意味不明の会話に再び戸惑ってしまったところまでです。」

「!」

この人には私が感じていた事、考えていたことが全部見えている。
というか、私にだって分かってなかったのに…。
自分が何を感じ、何を考えていたか…今、言われて初めて気づいた!

「監督は先ほどのあなたの演技を完全に気に入りました。」
「ワダフォーと叫んでます」

「はい」

「ところが…」
「オー!ノー!残念な事に」

なぜか、ざんねーんなことにーって、外人口調になっている。

「はい…」

「キャメラが…回ってえ、ませんでした~」

それいいんだけど…

「どうなると思いますか?」

「撮り直しですよね?」

「素晴らしい!そうです、その通り!あなたはもう一度今の場面を演じなければなりません。」

「はい」

「あなたがさっきの通りに演じる準備ができたと思ったらその椅子に再び座ってください。あなたが座ったら、私は状況を元に戻して同じことを始めます。言っている意味わかりますか?」

「はい」

「素晴らしい!では、十分に時間をかけて大丈夫です。さっきの自分を演じる準備が整ったと思ったら椅子に座って下さい。それが私への合図です。私も演じる準備を整えます」

彼は目の前の虚空に投影された何かを凝視し始めた。
私の存在などお構いなしに既に集中しきっているのが分かる。

私も記憶をたどり始めていた。

私がさっき感じた感情、思考、感覚、生まれた表情、選択した動き、発した言葉その全てを

私は久しぶりに集中している。
私はこの時間とそんな私が好きだった。

演じる準備



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