朝靄と君のシャンプー

真夜中0時の待ち合わせというものをやってみたい、と恋人を付き合わせた夜だった。熱を放った地面に足を踏み入れ、少し落ち着いた街を歩きながら、「非日常」に酔う。

1日をしっかりと生きた彼は、少し気怠そうに現れる。Tシャツに短パンに、眼鏡。しずしずと映画館へと歩く途中、彼の言い回しに傷ついた私は返す言葉を失くす。こういう時の彼は、びっくりするくらい鈍感にできていて、私は不器用にできている。

ささやかな口喧嘩も、閉口も、私たちの隙間には在って。気まずさが、どんどんと二人の間で膨らんでゆく。私は彼の言葉選びがたまらなく好きだったけれど、なんだか今日は。このまま帰れない場所に来たことを、少し後悔した。

好きという感性は、たしかに磨けば磨くほど私を孤独にしてくれる。それは幸せなことでもあり、遣る瀬無い瞬間を増やすことでもあるのだろう。夜更かしをしても、埋まらない隙間はあるんだと思いながら、エレベーターのボタンを押す。彼がどんなに素敵な言葉で救ってくれても、同じように気落ちさせられる引き金となるものが、彼の選ぶ言葉なのだ。

映画を観てからゆるゆると外に出る途中、セミが鳴き出す。暑さで昼だと勘違いしているのかな。と彼が口を開き、夏の話、最近行ったバーの話、仕事の話をしながら朝靄の中を帰った。気まずさは少しずつ溶けて、夜に置いていけそうだ。

少し模様替えされた部屋にとことこと入る。「何℃派?俺23℃派」と言うので、寒いよ私は26℃派と笑った。結局24℃に落ち着き、アイスココアを入れた。本棚に並ぶ本を見て、英語と法律の勉強を頑張るの?と聞くと、恥ずかしいからタイトルを音読しないの、と怒られた。

明るい会話の中で、敏感肌用のやさしいシャンプーを洗面台で見つける。「このシャンプー、私も使える?」と聞くと「使えるものを選んだよ」と返される。小さな扇風機で濡れた髪を乾かしながら、知らないシャンプーの匂いに包まれた。

「ごめんね、今日はポンコツだった」
後方から、彼の恥ずかしそうな声色が聞こえる。何が?とは言わずに「シャンプーのチョイスが好いであるよ」と返す。朝靄の中で、扇風機の運んでくる香りに、少し照れた日だった。


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Bisous!
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絵茉

本とカプチーノが好きです。

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