CD延命治療の副作用(注:これは医療関連記事ではない)

前回の記事で日本だけほぼ10年ぐらいのレベルでストリーミング・ダウンロードによるデジタル配信の波が遅れて来た、いや厳密に言うと、波は来てたけどCDビジネスがめちゃ高い堤防作ってて、波が来てなかったことになってたっていうことを話しました。ではこの10年の遅れがこれからの日本の音楽業界に何を意味するのでしょうか。

まず、この波の遅れはただ10年前にアメリカなどをヒットした状態がそのまま今日本にくるという単純なものではありません。なぜなら10年間延命治療した副作用のようなものが日本の音楽マーケットにすでに蔓延しているからです。僕らがここからの新時代を生き抜いていく上でこの副作用の影響を理解することは重要な気がします。

さて、前回ここまでの日本の音楽ビジネスモデルはレコード時代からの名残だということを話しました。おさらいも兼ねて、それを簡単にいうと、盤売りという形式によってCDを製造販売流通できる大きな資金を持つプレイヤーが限定されたアーティストを限定された経路で流通し、限定されたプロモーションルートで効率よく宣伝することで、日本の大衆の購買意思決定をよりコントロールできる形で販売できている状態ということです。且つ、盤という有形資産とのパッケージ売りによってより高い価格設定と利益率も可能にしてました。

ところが、CDは延命治療を持ってしてもその販売規模が激減していきました。これは当然のことです。動画系娯楽ではすでにYouTubeやTikTokなどの動画サイトがテレビの役割を入れ替えつつあり、ネット環境の向上で大きいファイルもネットで送れるし、最近のパソコンCD-Rドライブさえついてないし、車にもCDプレイヤーついてなかったり。音楽だけネット革命が来させないようにしてても、日本でも他の分野ではすでにみんなのライフスタイルの大部分をしめるようになってます。しかも、CDで買わなければ音楽は一曲200円で買えてしまうなんてもう周知の事実だし。

しかし、その状態になっても、前回言った通り、CDビジネスから離れることはなかなか難しかった。その結果、CDビジネスの枠組みの中で今までの収益を保つ戦略に走るしかなくなります。そうすると、すでに対象マーケットは縮小しているので、その中でできるだけ収益を上げるためには、これまでの経験則に基づいて自分たちのコントロールで確実に売れる音楽に走るようになります。今アーティスト活動されている方ならわかるかもしれませんが、そもそも今の時代に自分の音楽でマネージャーとか宣伝の人とか、財務の人とか、色んな人の給料賄うだけ収入を得るってすごく難しいことです。だから、確実に会社に利益をもたらせてくれるアーティストや音楽ってなると、本当にわかりやすく今までみんなが好きだったやつ推しになりますよね。カラオケで歌いやすいもの、アニソン、90年代からそんなに音が変わらないJ Popなど。日本に生まれる音楽の多くが良くも悪しくも世界のリスナーと互換性がないのは、売り手がこうして今までの経験則ベースの鉄板を追求しすぎて世界の音楽のトレンドとどんどん乖離していったからではないでしょうか。でも大衆に人気のあるようなアーティストの楽曲は限られた方法でしか手に入らない。その小さい箱の中に収まるのを余儀なくされた日本の大衆リスナーはテイストも海外のトレンドと乖離していきます。洋楽が全然日本の音楽文化に入ってこないのもそのせいじゃないでしょうか。そしてそんなリスナー層でさえ、CDを買わなくなります。そこでその層がそのままサブスクとかに流れればよかったんですけど、彼らが行けるサブスクプラットフォームはまだ用意されていなかった。そういう行き場を失った状態のリスナーも何年もすると音楽にさえ興味持たなくなるみたいなこともあったんじゃないでしょうか。なので、この10年間の延命治療によって出来上がったマーケットは、激減する旧来のCDベースビジネスに乗っかるリスナー層、 CDとデジタルの狭間に宙ぶらりんの状態になっているあるいは音楽自体興味がなくなった層、サブスクなどを早くから導入した層(音好き中心)。この各層、特に最初の2つの層とサブスクアーリーアダプター層はマーケット的にかなり分断された状態になってます。

これはサブスクなどを通した音楽体験が、旧来のものとは全く違うことからも当然の結果かもしれません。今まで、テレビとかCD屋とかからの限定された情報源が大きくリスナーに影響していた世界が、サブスクではどんな音楽でも簡単に聴けて、且つアルゴリズムなどで自分の好きそうな個人的なレコメンデーションをしてもらえる。僕個人はいまだにCD屋やレコード屋にわざわざ行って音楽をチェックするのも好きなんですが、一般的にはサブスクだけで十分楽しい音楽体験になってるはずです。そういうリスナー層には、旧来ヒットしてたような音楽はおそらく届かないでしょう。そのため、旧体制リスナーとサブスクリスナーという、音楽的にも音楽との関わり方的にもお互いに互換性のない層に国内で分断されてしまい、且つ、それを全部足したトータルのマーケット規模も縮小という状態になっているわけです。(ここが10年前のアメリカと大きな違い。アメリカはCDからストリーミングにまとめて移行。アメリカ中のリスナーは音楽性や音楽との関係性において共通意識を持ちながら新時代へと移行していった。)

今後、CDの販売がますます縮小してある程度のレベルまで下がってしまうと、おそらくCDをプレスする業者、流通、小売がビジネスとして成り立たなくなり、ビジネスのインフラが崩れていきます。大手のレコード会社なども数年後には盤売りはほぼなくなっているかもしれません。しかし、かといって、サブスクには盤売りのようなビジネス的な旨味はあまりない。現状のサブスクなどの楽曲あたりの収益は盤売り全盛期に比べたらスズメの涙だし、今までのような限定的な流通・販売・宣伝ルートを活かしたコントロールはサブスクではあまり効きません。今までCD屋という限られた売り場における分しか存在しなかった音楽はサブスク上では文字通り無数に存在し、競争率は半端ない。だから、販売対象の母数を増やすために海外進出に躍起になっているのかと思います。実はこの動きが日本の今後の音楽マーケットにどう影響するのか気になってます。というのも、現状日本で人気のあるようなアーティストが好きなリスナーは前述の通り、海外のトレンドとは違う耳になってます。だから海外向けに出した音楽は日本のコアファンにはあまり好まれないのではないでしょうか。かといって、日本のリスナーも意識して作った中途半端な海外向け楽曲は海外のリスナーには刺さりません。だからビジネスを考えると海外でも売らないと成り立たないから日本のリスナーをある程度諦めるとします。そうなった時にそういった国内リスナーは何を聴くようになるんでしょう。もしかしたらそういった日本のリスナーの嗜好を変えるチャンスなのかもしれません。

ということで今日の話のまとめです

− CDベースのビジネスを守ろうとするあまり、確実に売れるコンテンツに絞るしかなくなった。

−その結果、日本のポップミュージックの進化を鈍らせ、売手も聴き手共に世界のトレンドとの乖離を生んだ

- 現状、従来のポップミュージックリスナーとサブスクリスナーは音楽的にも音楽との関係性的にも分断されており、マーケットを分断してしまっている。(国民的なヒットはおろか、かつてのように1アーティストですごい収益をもたらすような状況は国内では難しくなっている)

−国内に売り単価とリスナー母数の両方での減少に見舞われた売り手は母数を増やすために海外進出せざるを得なくなる。海外向け楽曲に一気に方向性が流れた場合、日本のポップミュージックファンの嗜好が変わる可能性には期待

こうなってくると、僕のようなアーティストがこれからやっていくにあたって、どういう方向性で活動していきたいのか、なぜアーティスト活動をしているのかを含めて、自分のスタンスをはっきりさせて動く必要が出てくると思います。

次回以降は、この激動の時代に僕らができること、海外進出についてなど、未来に向けたポジティブな話をしていきたいですw 

それでは〜。





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