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お月見のはなし ~日本でのお月見~

1.お月見はいつの月が良いか

 中国で月を詠むことは、西周の初期(紀元前11世紀)から東周の初期(紀元前7世紀)の頃に作られた『詩経』の中にすでに収められています。南朝時代の詩集『玩月城西門廨中』に
  三五二八時、千里與君同
 (十五夜・十六夜の時、私は千里離れたあなたと一緒にいた)
と詠まれていますが、中秋の時とは限りません。
 歌を詠むのに中秋が良いということは、唐代の文人・欧陽詹(おうようせん)の『玩月』に書かれている言葉がよく引用されます。
  冬は霜がとても冷たく、夏は雲が月を覆う。
  月は秋の時、次に夏の時、8月は秋の時。
  十五は月の真ん中、二つの天の道の真ん中にあり
  暑さ寒さも平均的。

唐玄宗八月十五夜

2.“仲秋の名月”? “中秋の名月”?

 お月見について書かれた本には中秋の名月と書いたものだけでなく、仲秋の名月と書いたものもあります。いったい、どちらが正しいのでしょう?
 太陰暦では12ヶ月を四季に分け、各季節の3ヶ月を「初(または孟)」「仲」「晩」と付けました。春の場合、1月・2月・3月が「孟春」「仲春」「晩春」となります。これが秋では7月・8月・9月を「初秋」「仲秋」「晩秋」と呼びます。つまり「仲秋」は「8月」と同じ意味でなのす。
 一方「名月」は太陰暦で「8月15日の夜の月」のことを呼びます。そこで「中秋の名月」という表現があり、また「名月」といえば「8月15日の夜の月」のことを指します。
 「仲秋の月」と書けば「陰暦8月の月」という意味になり、8月の三日月だったり上弦や下弦の月も含みます。その意味では「仲秋の名月」という表現は誤りということになります。
 古い文献では「中秋の名月」を「仲秋三五の月」と書いたものがあり、そのような例から「仲秋の名月」と間違えて書いたのかもしれません。
 しかし古文献や民俗や年中行事などの専門家ですら論文や著書に「仲秋の名月」と書くようになると、私の様な一愛好家が「ソレは間違いです」と言うのは難しいです。このような誤った用語、例えば「元旦の夜」「クリスマス・イブイブ」のようなものに、「それは間違った用語です」といちいち指摘しても効果は無いですが、指摘できる場や機会を使って指摘することは大切かな、と思います。(「元旦」は「元日の朝」の意味。「クリスマス・イブ」は「クリスマスの夕べ」の意味で、昔のユダヤ人などが1日の始まりを日没としたことに由来。)

3.月の模様は何に見える?

月の見立て_s

 月がいつも同じ面を地上に向け、その表面に暗い模様(海)があることから、世界各地で様々に見立てられています。
 中国では古くから、月には兎と蟾蜍がいると考えられていました。月はヒキガエルの出す毒気で弱って欠け、そして新月となり、その後ウサギの撞く不老不死の薬餅で復活して満ちていく、とされていました。
 月に蟾蜍が住むようになった由来については、前漢の頃の『淮南子』に、嫦娥が夫である后羿が西王母からもらった不老不死の薬を一人で飲んで、月に昇り、姿が蟾蜍になったとあります。
 1972-4年に湖南省で発掘された紀元前2世紀の墳墓「馬王堆漢墓」の棺の蓋に掛けられた帛画には、中央の神人の右に烏のいる太陽が、左の月に蟾蜍と兎が描かれています。

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 月と兎を関連づけする話しは世界各地の民族にあるようで、インド地方で紀元前3世紀頃に作られた釈迦の転生物語集『ジャータカ(本生譚)』の中に書かれているものが知られています。この物語を中国の唐の時代に玄奘三蔵法師がインドから中国へ伝えて『大唐西域記』に記し、それが日本に伝わって『今昔物語集』に書かれました。もっとも、この物語は、大筋は共通ですが、細部は中国人や日本人の感性でかなり変えられています。大きな違いは登場する動物でしょうか。ウサギは共通なのですが、『ジャータカ』では他にサル、ヤマイヌ、カワウソの3匹が、『大唐西域記』ではウサギ、サル、キツネの合計3匹になり、これが『今昔物語集』と同じです。
 『今昔物語集』を元にした物語が、手塚治虫の『ブッダ』第1巻の冒頭に描かれています。ここではサルがクマに変わっていますが。
 『今昔物語集』は平安時代末期に誕生したとされる仏教説話集で、大正初めまでは僧侶や学者ぐらいしか読んでいませんでした。大正9年に研究者が紹介したことで知られるようになり、明治末に芥川龍之介がこの「三獣行菩薩道兎焼身語」に感激して文芸誌で紹介したことで一般に知られるようになったといわれます。

呉剛1

 中国では、月に桂の木が有り、その下に木を切る男の人がいると言われます。伝説では、呉剛という、何をやっても長続きしない男がいて、仙術を学ぼうとしたものの熱心に学ばず。これを見た天帝が罰として呉剛を月宮に送り、月にある桂の樹を切り倒すことができたら仙人にしてやると言いました。しかしこの桂の木は、伐ってもすぐに元に戻るため、なかなか切り倒すことができません。こうして、どうしても仙人になりたい呉剛は、今も月出桂の樹に斧を振るい続けています。(呉剛伐桂、ごごうさいけい)
 このように中国では、そして日本でも、月といえば桂の樹と考えられています。日本酒の名に「月桂」と付けられるように。
 ところで古代ギリシャのオリンピックで勝者に月桂の枝で作った月桂冠が与えられると言われますが、これは誤りで、オリーブの冠でした。

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 この記事を書き始めた頃、「日本でのお月見」について3部作で書こうと思っていたのですが、講座で話したことを文章にまとめるのは なかなか難しく、文章を仕上げないうちに日にちばかりが経ってしまいました。
 そのため、中途半端ですが、このテーマについてはこれで一区切りとし、次のテーマについて書き始めたいと思います。

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