プノンペンプロレスファイト

それは彼がプノンペンの安宿でごろごろしてた時の話だ。
ちっとばかりカネもあるし、置屋で女でも買うか。そう思うが早いか行動。
バイタクのおっさんに置屋のある通りを言うとヒューゥと口笛を鳴らされた。

「フレンド、フレンド。今夜はハッピータイムか?グッドグッド、うらやましいね」
「うるせえよちゃっちゃと行け。マヘンドラバーフバリみたいな顔しやがって」
「サンキューフレンド。ハンサムはつらいねHAHAHA」

違法改造バイクタクシーはジェットエンジンを吹かして空へと飛び上がった。
現代の魔女の箒だ。

「なにこれ、こういうの流行ってるの?」
「イエスイエス!世界内戦からはカンボジアにもこういうの入ってきてネー。
未踏区域(ダンジョン)で一発当てたから改造したネ」
「ほーうそうかいそりゃよかった。早く行ってくれ。っていうか普通に地面走ってくれよ!
これ俺がこれから置屋行きますよって宣伝してるような物じゃん!」

世界内戦から先、世界は神秘を再認識した。
今や誰でもカネさえ詰んでカルチャースクールに通えば空くらい飛べる。
魔女のポーションがマジに医薬効果があって、魔女と化した主婦の小遣い稼ぎに……
なんていうのもめずらしくない。
科学と魔術のコラボレーションは人類に不可逆の混沌と混乱と、発展をもたらした。

「HAHAHA、地面混んでる。時間かかるがいいか?」
「あー、すげえ混んでるね。いいやしょうがねえ行ってくれ」
「オーケーフレンド、ところでフレンドは日本のデビルハンターだったね?
腕に覚えある。オーケー?」

彼はわずかに嫌な予感がした。こういう振りをされてロクな目に遭ったことがない。
たしかに180cmの筋肉マンではあるのだが。

「ああそうだよ。元だけどね。元」
「でもあの鉄槌術、マスターイルマから習った。違うか?マサダサン?」
「ああまあね、習ったよ。早く行ってくれよあと5kmだけじゃん」
「フレンド、うまくいえば遊ぶ金タダになる。興味あるか?」
「欠片もねえよ!素直にカネ払って遊ぶから余計なのは無しな。オーケー?」
「オーケーオーケー!ところで、悪党いてね?ぶん殴ればタダ。オーライ?」
「ノーサンキューだぶっ飛ばすぞコラッ!」

バイタクのおっさんに強引に聞かされた所によると、
近くの闘技場で行われている賭けで、負ければ連れの女を奴隷にされる。
勝てば相手の女と莫大なカネを手に入れられる。そんな賭けがあるそうな。

「北斗の拳とかに出てきそうな悪魔みてえなギャンブルだな!アタマおかしいよこの国!」
「HAHAHA、死ぬまで働くマサダさんの国よりはまともネ。
それで、娘さん取られた妙齢のご婦人、困ってる。ベリーセクシー。やってみるか?」

バイタクのおっさんが渡したご婦人の娘さんの写真はそれはもうヤバいほどの美人だった。
写真を見てるだけでむらむらする褐色美人だ。よく見れば背中に蝙蝠じみた羽がある。
その美はまさに見るだけで正気を削られる魔性のものといえるだろう。

「そのご婦人ってサキュバス?カンボジアハーフの?」
「イエス!ベリィセクシー!お礼、もちろんそういうの!どうだ?やる気なるか?」
「この写真合成だったらぶっ飛ばすからな」
「HAHAHAHA!オーケーオーケー、受けてくれるか!」
「クッソ面倒だけどやるよ!サキュバス親子丼のために!」

実に下世話でしょうもない理由で悪党をしばき倒すハメになった。
それもこれも、たまりすぎた性欲のせいだろう。

「ハァイ、ミスター。依頼を受けてくれる?助けてくれるのね?」
「あー、まあ。成り行き上仕方なく。とりあえずあんたがマジに美人で安心した」
「ウフフ、ナイトマーケットの合成屋に行く必要なんてないもの。
じゃあ、行きましょう?」
「ああ、ここね」

景気づけに一発やった後、マサダが来たのは円形のコロシアム。
まるでランボーが2でやってた場末の闘技場だ。
あれよあれよという間にリングに立たされる。
リングといっても闘牛場のように土がしいてあるだけだが。

『さー今宵来るのは日本からの珍客!鉄拳リーホンに勝てるのかァー!?』

相手は見るからに顔色の悪い中国人らしき大男だ。おそらくキョンシーなのだろう。

「ブヘヘヘ、マダム・ヤンもこんなジャパニーズに頼るとはな!俺の崑崙で鍛えた八極拳でミンチにしてやるぜ!」
「マダムの娘は?」
「ああ、良い具合だぜ。まだ生きてる。安心しろよ、勝てばお前のもんだ!」
「オーケー。ルールを聞こうか」

マサダは上半身裸でリーホンと向かい合う。
レフリーらしき男がマイクを持ってアナウンスする。

『ルールは簡単だ!
互いに一発!早撃ちの要領で殴り合う!立ってた奴が勝者だ!
決着がつかなければもう一発!倒れるまでやれ!』

マサダはゴキゴキと指を鳴らした。

「オーケー、ステゴロでプロレスファイトね。解った解った。やろうじゃん。オラ来いよドスケベボーイ!」
「いつまで余裕ぶってられるかなぁ!?」

それが合図だった。リーホンの腹から鉄の拳が突き出す。
リーホンはサイボーグキョンシーであった。

「捕まえたぜ」
「ナヌッ!」

しかしマサダはその拳を掴み、しゃがむと背負い投げで投げ飛ばした!

『おおーっとジャパニーズ・ジュードーだ!さあ立て!立ってくれリーホン!』

しかしリーホンはなかなか立てない。

「おいゴングは?カウントとかねえのかよ!」

リーホンコールがそれをかき消す。レフリーはしらんふりだ。

「ああそうかよ負けを認める度量もねえイカサマルールかよ!ありきたりなんだよボケッ!
あとな、そういうのは押さえつけられる奴相手にするもんだ。
オーケー、そいういうことならこっちも何でもありだわ」
「マサダ!」

サキュバスマダムがリング外からマサダのジャケットを投げ入れた。
マサダは素早く袖を通すと、懐から金属製ミートハンマーと拳銃が出てきて手に握られる。
右手にハンマー、左手にガバメントだ。

「来いよオラッ!どーせ全員でハメるつもりだったんだろ?ナメやがって日本魂をたたき込んでやらあ!」

言うが早いかリーホンの頭を踏みつぶし、レフリーに飛びかかり肩の肉をミートハンマーで『柔らかく』してやる。
観客席から出てきたマフィアらしき男達に銃弾をたたき込む。

「死ねオラぁ!あー楽しいな!なんで日本から来てわざわざ全く関係ないカンボジアでブラッドバス作ってるんだろうな!
まったく不思議でしゃあねえわ!ヒャハハァー!」

ハンマーで叩き、潰し。銃で撃ち殺し。
そして静かになったあと、マサダはあえて生かしておいたレフリーの胸ぐらを掴んで囁く。

「カウントするか?もっかい肩たたきしてやろうか?」
「わ、わかったミスター。あんたの勝ちだよ。もってけチクショウ!」

すると今まで隠れていたサキュバスマダムが娘を連れて出口からマサダを招く。

「娘の奴隷契約魔法が解けたわ!ありがとうマサダ!」
「サンキューミスター!」
「オーケーフレンド、逃げるね!」

空飛ぶバイタクに飛び乗って全員で逃げる。
後ろの座席で左右からされるキスは格別の味がした。

「ねえ、所で聞きたいんだけどこれってマフィアが別のマフィアを潰した系じゃないの?
俺って体よく利用されてない?」
「ハッハッハ、あなたは人助けしてタダでモテる。我々はビジネスが上手くいく。
誰も困ってない。オーケー?」
「しゃあねえなあー……」

そこでマダムと娘が左右から囁きキスを続ける。

「ウフフ、勘の鋭い男は嫌いじゃないわよ。娘も鉄火場が体験できたし、ちょうど良かったわ」
「グッドハンティング、ミスター!」
「たくましいなオイ。業深いこった」

タクシーはホテルへと向かい、マサダが何も言わずとも二人は最高のもてなしをした。
世界が混沌に飲まれようとも、いやだからこそ人々はたくましく生きるのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?