ホンコン・マカオ・コミックウォーズ!

マサダはその夜、珠海からマカオまで歩いて出国していた。
理由は二つ。
ひとつ、中国ではネット規制で一部のサイトが使えないからだ。
もうひとつ。
クソ安い珠海の相部屋(ドミトリー)で隣に寝てる奴が最悪だった。
イビキで発狂電波を奏でる邪神系種族で、隙あらば奉仕種族を連れ込むクソ野郎だ。
こりゃたまらんと、個室部屋が安いマカオまで出国。
マサダは今まさに自由を満喫していた。

「かあーっ!スーパーボック飲みながら食うポークチョップバーガーはたまんねえな!」

高い宿代と引き替えに獲た静かな夜とWIFI環境に祝杯を挙げつつアイフォンを操作する。

「ほうほう、あんじゃん依頼……」

マサダが見ているのは日本語のサイト。「誓約」だ。
これは単発退魔師バイトサイトで、いわばアマゾンでボタンを押すように傭兵をテイクアウトできる。
もう少しお上品に言うならば、登録型トラブルシューター派遣サイト、である。
当然マサダもこれに加入している。
退魔師の資格を生かしながら海外暮らしを続けるには最適のサイトだからだ。

<ハロー、こちらサタデーナイト。マカオで仕事依頼のある人はあんた?>

そう、日本にいながら海外で荒事を依頼するというスパイ法とかどうなってんだ、という所行が可能なのだ。
そのへんから国家資本の影が見え隠れするが、一加入者であるマサダにはどうでもいいことだ。

<ええ、このマッドマーケットに仕入れたいものがあるのよ>

マサダは素早くマッドマーケットを脳内検索にかける。

<あー……発禁モノのやべえ本とか映画とかばっか扱ってる松戸の。あそこまだやってんの?>
<裏ビデオがyoutubeに飲まれたから禁書を扱ったら一山当たってね>

マサダには覚えがあった。世界がすべて変ってしまう前に物遊見山で冷やかしに行った裏ビデオ屋だ。
記憶の中には店主はその道30年のヤクザみたいなマニアのおっさんが店主だったはずだ。

<へー……じゃあ魔術書を俺が輸入してくればいいんすか?>

しかし、ビデオ通話で映る姿はVRでなく、実際に美少女だ。
おそらく、一山当てたカネで美少女受肉改造を受けたのだろう。
業が深いことだ。

<そう。マカオのカジノでオークションがあったのよ。
そこで出た目玉。『偽書・根暗なミカン』の第一版のコピーよ!
ネクロノミノコンの完全なるパロディー!
見るモノのSAN値を容赦なく削ってくる笑いの数々!
偽書だけど、だからこそそのレア度は随一で……>

出たよマニア語りが……とぼやきつつ聞いたところによると、こうだ。
落札したクレイジー野郎のねぐらに言ってネット越しで交渉させろ、とのことだ。
交渉できた時点で5万円。ここでは大金だ。

<交渉成功の暁には4倍の20万。どう?>
<オーケー、やりますよ。でもそんなカネ出して儲かるの?本だよ?>
<どーせ劣化コピー本をダウンロードサイトで大量出品するからいいのよ>
<偽書とはいえ、SAN値減る魔術書をダウンロードサイトで売ってアシつかない?>
<大丈夫大丈夫、そこはルートがあるから信用して。半世紀これでやってるから>
<なんかあっても俺この動画を警察に渡しますよ。俺の責任はないっす>
<それでいいわ。落札者はこの男。邪神系宇宙人で、出身はアルファ・クァダス星。名前は……>

マサダの耳が発音不可能な音を聞き取り頭痛がし始める。
そして、その男の顔には見覚えがあった。ありすぎた。

<待て待て待て!オリジナルの発音で言うなよ!
こっちは軽い改造しかしてないの!
っつーかあいつじゃん!こないだまで隣で寝てたよ!>
<マニアックな趣味ね>
<誤解を招く言い方はやめてくれる!?宿で相部屋だったの!>
<じゃあ話は早いわ。交渉をまとめてきて。予算は……>

かくして、マサダはわずか1日でマカオから珠海まで本一冊買うために戻ることとなった。

モアイみたいに無愛想なイミグレーションを出て珠海の悪夢のような相部屋宿(ドミトリー)に戻る。
相変わらず正気が削れる金切り声で奉仕種族の女の子を抱きながら奴はいた。

「あれえ?マサダさんマカオに行ったんじゃないんですかぁ?」
「いやちょっと仕事が入っちゃって……すげえ言いにくいんですけど」

ジャバザハットを黒くしたようなおぞましい見た目のヤツは太った腹をさすりながら片手で漫画を読んでいる。
よく見るとミカンと呼ぶにはあまりにも冒涜的な物体が表紙だ。

「それ、ひょっとして根暗なミカンって本ですか?」
「あっ!よくわかるねえ!マサダさんも好きなんですかこういうの!」
「いや、知り合いがどうしても欲しいっていうからさ。
■■■■さんと交渉したいって言う話なんすよ」

幼い女の子にも特定の角度からは見える小さな何かがまた金切り声を上げる。
どうもお楽しみ中らしい。
マサダもマサダだが、ヤツもヤツだ。

「えっ、いいよお。これ安かったしもう読んだからあげますよ。
故郷に行けば日本の物価で500円くらいで売ってるなつかしコミックですから。
あっ、でもそうだなあ、コレ好きな人とオハナシして良い?」
「はあ、お手柔らかに……一応死んだら困る人なんで。……今のところはね」

そこでマサダはアイフォンを出してネットにつなぎ、禁書マニアにビデオ通話をする。

<どうだった!?>
「なんかもう読み終わったからくれるって。ああ、マニア同士話したいんだってさ。大丈夫?」
<もちろんよ!おお、偉大なる暗黒の……>

ヤツは塗り仏のようないやらしくも福々しい笑顔で応じる。

「ああ、そういうのはいいですよぉ。これ懐かしいですよねえ。
僕の世代でも読んでる人あんまいなくってぇ、よかったら語り合いましょうよぉ。僕のアドレスはこれで……」

そこからしばらくマサダの意識はぶっ飛んでいた。
気がつけばアイフォンと根暗なミカンを手にゴンベイ・アンダーグラウンドマーケットを走っていた。
たぶん、人智を超えた冒涜的な会話で一時的発狂をしたのだろう。

「あいつらマニアにも程があるだろ!せめて地球語で喋れ!死ぬわ!」

断片的な記憶をひもとくと、どうやら買い取りはまとまり、後は運び屋に渡すだけらしい。
ただし、記憶にこびりついてる言葉が一つ。

<ああ、でもねえ。これ地球ではマニアの人がすごくほしがってるから、盗られないように気をつけてねえ……>

そして、今現在。
スラムな市場をそのヤバすぎる禁書を片手にマラソンしていた。
つまり、現金を見せびらかしながら走っているようなものだ。

「ハロウフレンド。手ぇ上げろ。いいもん持ってるよな?」

よりにもよってこのマカオと中国の国境の町で日本語を聞くことになった。
相手も同じ類いの雇われだろう。

「いや?これならただのコミックだよ。キオスクで買ったんだ」

背中に当たる感触は刃物か拳銃か。
いずれにせよ、生命の危機がマサダの正気を取り戻させた。

「いいや、一つはウソ。一つはホント。フレンド。ウソはよくないな。
ソレはコミック。ただしキオスクでは買えない。レア本。
これ以上言う必要あるか?あなたも、私も雇われ」
「参ったな……わかったよ、よく見ろ!」

マサダはゆっくりと振り返って渡す振りをして、一気に中を開いて相手に見せた!

「ウギャアアア!」
「な?面白い本じゃなかったろ?死ね!」

見た瞬間に正気が削れた相手はおぞましい悲鳴を上げてうずくまる。
そこにすばやくマサダは本の角で頭をたたき割った。

「さすが外宇宙製。撲殺してもなんともないぜ!あっ、やべえ汚れたかな……しらねえ!俺のせいじゃねえし、見たくねえ」

地下市場に悲鳴が上がる。
マサダは曖昧に微笑みつつ、アイフォンとマンガを懐にしまう。
そこにピピピピーッ!と警笛が鳴る。中国警察だ。

「やべえ!市場で殺しとか洒落にならねえ!逃げろ!」

マサダは再び走る。走る。
マンガ一冊のために賭ける命って一体?といぶかしみながら。
一昼夜走り回り、逃げ隠れしながら高飛びついでに中国の珠海からマカオへ。
運び屋は国境内のどこの国でもない場所でさりげなくいた。

「シッシッシ、マサダさんやっちゃったっすね。
今界隈じゃマサダさんがお宝手に入れたって噂ですよ。
しばらくマカオから出た方が良いです」

こざっぱりしたシンガポール人の青年が笑う。

「たかだかマンガ一冊でなんで地球の果てまで追い回されにゃならんのよ……」
「夏に20万人が参戦するマンガ最大イベントがある国の人の言葉とは思えないっす。あこがれは止まらないんすよ。
じゃあこれ、報酬の口座の暗号鍵です」
「ありがと。あんたも頑張れよ。今度はあんたが追われる番だ」
「はい、良い旅を」

かくして、この3日後にマサダはカトマンズまでとんずらする。
しかしこの件でできた妙な人脈は、マサダに飯の種を当分与えることになった。
数々の騒動と共に。

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