「N氏の思惑」(手紙形式の短編小説です。)

 親愛なる悟郎様へ

 御無沙汰しております。御元気でしょうか?私は、ボチボチですが元気しております。しかし、ここで少し相談したい事が御座います。実は、私の、古い友人であるN氏の事なのですが。
 ここで、仮にも、自分の親しかった友達や、身内の者が、もしヤクザに、それも組長とかになったなら、如何なものでしょうか?まるで怖いもの無しでしょうか?心強いでしょうか?
 何故なら。
 実は、高専から某国立理系の大学、大学院へと進んだ、とても優秀な友人N氏には、どうも、私の憶測では、自閉症や、自律神経失調症、統合失調症があるようなのです。
 私からは、精神科ならぬ、心療内科の受診を勧めているのですが、本人は、「それは、『甘え』とか『情けない』とか謗られかねないから嫌だね。それならまだグレた方がマシだ。じゃあ、法律や経済や経営ノウハウ等を一から学んで、ヤクザの事務所でも開くさ。チンピラとか下の者に勝手に暴れさせておけば良いさ。俺は裏でじっとしておくから。」とか言って聞かないのです。
 あの、賢いN氏が何を言っているのかと正直思いました。ヤクザの世界を一体何だと思っているのかと。勝手にヤクザの組事務所とかを開いても、実績の無い所に誰もついては来ませんし、そもそもいきなり組長ななんかなれる筈もありません。
 更に、また彼は定期的に、「真面目だったらやっぱり損をする。」と言って荒れる事があると言うか、夜中に突然癇癪を起したり、物に当たったりする癖が、中学、高校、大学、社会人と、全く治らないそうです。親からは躁鬱病とか言われていたそうですが、知り合いからは自律神経失調症では?と言われた事もあるそうです。
 また、悪口が幻聴みたいに響いて来る事もあるそうです。『真面目で勤勉だったら極限まで扱き使われて損だぞ。いっそ、ヤクザにでもなって暴れ回ったらどうだ。』とか『大人しい癖に、文武両道で、意思がしっかりしているとは生意気だな。今に暗殺してやろうか。』とか『お前みたいな、真面目に黙々と努力して良い結果を出すような奴は、批判される事を恐れているヘタレさ。』等。
 時に、訳も無く急に悪態をついたり、逆ギレとかするかと思えば、やはりその統合失調症が原因だったのかと。
 また、N氏は、小中学校の頃は、勉強があまり好きでなかった私に対して、馬鹿にして来るような発言や、他人、特に自分より出来の悪い人の陰口とかを言う癖もありました。何度か縁を切ろうかと考えた事もありました。やはり、他人を見下せば自分もストレスも溜まると言いますので、その他人を見下す事で溜めたストレスで病気になってしまった部分もあると言う事でしたら、自業自得とはまた別の、どうしようも無さ、救いようの無さはあるのでしょうか?
 人間は、頭ばかり賢くても、またそれで身体が丈夫であっても、それだけでもまだ足りないとは言いますが、やはり最も難しいのは、人の心の問題でしょうか。柔軟な感性とか社会性、人間性も大切であるなど、何でも兼ね備えるのは誰にとってもそう簡単な事ではない事とは存じます。
 人生とは、誰にとっても、決して平坦なばかりではく、山あり谷あり、光ある所に影あり、なのは分かりますが、犯罪や暴力事件や問題行動を起こしてしまえば、どんなに周囲や他者に非があろうが、そこで人生の敗北者か、少なくとも極めてそれに近付く事だと私は考えます。
 一体どうしてあげれば良いでしょうか?出来れば、何か良い知恵をお貸し頂けないでしょうか。とりとめもなく、申し訳ありません。
                                     章一

親愛なる章一様

 御息災そうで、何よりです。私も毎日、平凡な日を過ごしております。
 そのN氏と言う方についてですが、間違いなく統合失調症があると思われます。何でも彼のぺース、話しに『合わせる』は駄目です。話を聞いてあげる事は、大変良いです。でも対応する時は、冷静に説明をしっかり入れて、普通に応答してあげて下さい。統失患者さんは、治療を顧みず放っておくと、精神崩壊とか起こりかねません。
 それから、私の知り合いには精神科勤務の者がおりますが、精神疾患の患者には、何故か勉強が出来た人がおおいのです。完璧主義、考え過ぎるきらいがある、何でも意味づけしたがる……脳の傾向性なのでしょうと。入院患者の中には、ロシア語がペラペラの人や、C英社を退職した人もいます。また、突飛な発想もします。一か、百、みたいな事、等……。
 幻聴がするならば統合失調症の可能性大です。精神科医で訪問して下さる先生もいます。放置はしない方が良いです。
 後、ヤクザとは、暴力団ですよね。極力なら、絶対やめた方が良いです。N氏は、とても頭の良い御方だと思います。なので、裏社会を甘くみてはいけない事、暴力団の恐ろしさについて、新聞記事やニュースの他、ネット記事等、調べてみればすぐに分かる事と思います。きっと、今は自暴自棄になられているのではないでしょうか。
 学業やスポーツや武道がどんなに出来ようが、そのようなものは関係無い、と、やはりどんなに強くても、チャカには勝てない、結果を考えない者が重宝されるのが、このヤクザの世界だ、と、某B会の、ある幹部が語っていたそうです。
 また、例え組長とか幹部になれたとしても、命の絶対な保証はありません。いつ、他の組の輩から命を狙われるかも分かりませんし、いざとなれば、海外の凶悪なマフィアにも対抗しなければならなくなります。よって、自分が暴力団幹部になれれば怖いもの無しだ、などとは思わない方が良いです。N氏がヤクザになれば、貴方もきっと、いつかは縁を切らざるを得なくなる事だと思えます。また、ヤクザも上へ行けばコミュニケーション力も必要になりますから、精神的な病を抱えていては、恐らく務まらないだろうと思います。N氏は、大人しいながら、学業も運動も大変よく出来る、文武両道で、真面目で勤勉で優秀な方なのですよね。でしたら、一刻も早く病院へ行かせるなり何なりして対応してあげて下さい。賢いN氏なら、今の自分の思惑の偏執ぶりにもすぐに気付ける事だと思います。
 また、出来る限りなら、「グレる方が、甘えであり、情けない事だよ。」と、N氏に言ってはどうでしょうか。それでも、聞かずにやむを得ないようでしたら、ひとまずは具体的に行動させてみては如何でしょうか。経営ノウハウとか学ばせて、ヤクザの事務所を開かせてみては、如何かと。途中ですぐに、無理な算段である事に気付く事と思います。ヤクザの組長になるのは、東大へ行くよりも困難な事だと聞いた事が、私はあります。
 ここは、もう一つ、上手に素直になり、そして大人になってでも、診療内科の受診をお勧め致します。N氏の将来も、貴方の今の、絶えない気苦労もかかっている事ですから、ここは人として素直になりましょう。素直さはやはり大切です。素直と言うのは決して、都合の良い人間と言う事ではありません。もしあるとすれば、それは相当の、下手な素直さになります。素直だから、従順だから、真面目だから、不当に扱われる、中傷されると言う訳では、決してありません。根拠の無い中傷とかは、きっと嫉妬や暇潰しによるものですから、徹底無視をして良いと思います。
どうしても素直になれない時は、瞑想なりジョギングなり読書なり、カウンセリングを受けるなりで、無理せず休息しましょう。N氏にもそう伝えてあげてみて下さい。
 ヤクザになどならず、時には気楽に、真面目に会社また研究所などで、地道に働いて、N氏もいつかは安泰した日々を過ごせるようになる事を、私は祈ります。
 拙文を失礼致しました。御参考になれば、幸いです。御身体を御自愛されますように。

悟郎

 悟郎様

 大変、巧みな御助言を、誠に有り難う御座います。N氏には、思い切って伝えてみる事と思います。このような私にも、知恵と勇気をお貸し下さり、感謝致します。御恩に着ます。
 悟郎様も、どうか御身体を御自愛されますように。
章一


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